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高校生の恋。  作者: 黒蝶
22/40

第22話  「背中越しの君の体温。」

秋も終わりに近づいて、日暮れが早くなった夕方には

少し肌寒さを感じた。

「佐倉先輩、お先に失礼します。」

活動を終えた後輩が美術室を後にする。

「お疲れさま。」

そう言って私は後輩を見送った。

今週中に、今描いている絵を完成させたかった。

私はひたすら、絵の具の付いた筆を持つ手を動かした。


それからどのくらいの時間が経っただろうか。

時刻もさすがに頃合になり、窓の外は真っ暗だった。

絵も大分完成に近づいた。

今日はこれくらいにしよう――と思い、私は立ち上がった。

筆を洗い、ケースに片付ける。

描きかけの絵を端に寄せ、鞄を手に教室の出入り口へと向かう。

美術室には私以外誰もいなかった。

カチッ――

電気を消して、私は美術室を出た。

階段を下り、下足場へと足を進める。


下足場はやけに静かだった。

靴を履き替え、玄関を通り抜けると、思っていたより風が

冷たかった。

校門を潜り、家へと急ぐ。

チリン、チリン――

自転車のベルの音が聞こえた。

私は立ち止まって後ろを振り返った。

自転車が私の横に止まる。

「よぉ。」

「室岡くん・・・」

室岡くんが自転車に跨ったまま声をかけてきた。

「今帰り?遅くない?」

彼が言う。

「部活だったから。」

そう言うと、彼は”そっか”と言った。

「お前、もしかして歩いて帰んの?」

初めて室岡くんに”お前”呼ばわりされた。

「そうだけど。」

「ひとりで?」

「うん。」

そしてお互い黙った。

あのさ――と最初に口を開いたのは室岡くんだった。


「後ろ、乗んない?」


「え?」


突然の出来事で、私はただただ驚くばかりだった。

「こんな暗いのにひとりで歩いてたら危ないって。」

自転車に乗ったままの彼が言う。

「でも、家そんなに遠くないし平気だよ。」

帰り道は街燈もそれなりにあり、駅通りに出れば人気も多くなる。

それほど危険な帰り道ではなかった。

「いいから。ほら乗って。」

そう言った室岡くんに、片腕を掴まれた。

またドキドキした。

私は室岡くんの乗る自転車の後部に、後ろ向きで座った。

「なんで後ろ向きで座んの?」

後ろから彼が言う。

「この方が気持ちいい。」

前を向いたら今以上にドキドキして、思わず”好き”って

言ってしまうんじゃないかって思った。

いつもいつも、後ろ姿にばかり”好き”と言っていたから。

「いいけど、落ちるなよ。」

「落とさないように漕いでよ。」

私がそう言うと、彼はハハッと笑った。

そして自転車がゆっくりと動き出す。

横切る風が冷たい。

触れ合う背中と背中。

風の冷たさが、彼の体温をより温かく伝えた。

「ねぇー。」

と叫ぶように言ってみる。

「なにー?」

背中越しに、室岡くんが同じように叫び返した。

「重くない?」

「とりあえず漕げるから平気。」

私は”何それー”と言って、後頭部で室岡くんの背中を

コツコツと叩いてやった。

そして私達は笑った。

前を向いていなくてよかった。

背中から伝わる温かさが愛しくて思わず彼を抱きしめて

しまいたくなる。

道路に影が映る。

自転車と、それに乗るふたりの姿。その影も背中と背中が

ぴったりとくっついていて、少し恥ずかしかった。

それはまるで、仲の良い恋人どおしのように。

影だけは彼と恋人どおしになれた。


駅前の歩道橋近くで自転車が止まった。

「もうここでいいよ。」

――本当はもっと一緒にいたいけど――

名残惜しみながら私は自転車から降りた。

「気をつけて帰れよ。」

「うん。ありがとね。」

私は勢いよく歩道橋の階段を駆け上がった。

この時も、私は一度も振り返ることなく歩道橋を渡り、

家を目指した。


家に帰ったあとも、背中越しに感じた室岡くんの体温が

鮮明に思い浮かんで、恥ずかしくなって顔がにやけた。

窓を開けて空を見てみると、星がたくさん散っていた。

室岡くんにとって、私はきっとこの星のように、たくさんの

中の他とも何も変わらないひとつに過ぎないのだろう。

私にとっては太陽のような人。

無くてはならないもので、大事な大事なもの。

だけど月のようでもあった。

ぼんやりと温かく、そして優しい。だけど、見ていると

どこか泣きそうになる。

涙がこぼれた。

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