第19話 「君と同じものを見てる。」
「選択授業、何にするか決めた?」
ある朝、下足場で室岡くんが言ってきた。
「たぶん美術にすると思う。」
私は言った。
選択授業は、音楽・美術・書道の中から一教科だけ選び専攻する
というシステムが二年生から組まれていて、個人で自由に決める
ことになっている。
先生の話しによれば、卒業後の自分の進路に合わせて選択する
のが望ましいらしいが、それをちっとも考えていない私は、自分の
得意分野でいいと思っていた。
「佐倉美術部だもんな・・・」
下駄箱に寄り掛かりながら話す室岡くんに、私は”うん”と言った。
「美術楽しい?」
室岡くんが聞く。
「私は楽しいよ。」
そう言うと、彼は”そっか”と言った。
「俺も美術にしようかな。」
ふと室岡くんは言った。
「佐倉がいれば教えてもらえそうだし。」
微笑んだ彼が私を見る。
――もし室岡くんが美術を選んでくれれば、授業を一緒に受けられる――
そんな期待が私の中にできて、絶対美術を選んで欲しいと思った。
「そんな決め方でいいの?」私が聞いた。
「だって俺音楽は苦手だし、書道か美術だったら美術の方が
楽しそうなイメージあるじゃん。」
奔放な決め方がいかにも彼らしくて、気持ちよかった。
「塚田にも言っておかなきゃな。」
「塚田くんも美術にするの?」
「たぶん。あいつも俺と似たような考え方だし。」
”そうなんだ”と私は言った。
その瞬間、朋ちゃんに報告することを決めた。
「理子、それホント?」
その日の昼休み、昼食をとっていた最中に今朝のことを
朋ちゃんに話した。
「室岡くんはそう言ってだけど・・・」
"塚田君は美術を選択するらしい”という話しに、朋ちゃんは
興奮を隠し切れずにいた。
「でもそれで美術じゃなかったら最悪じゃない?」
朋ちゃんが言った。
確かに、塚田くんが美術を選ぶかはまだ決まったことじゃなかった。
「本人に聞いてみたら?」
私がそう言うと、朋ちゃんは初め”えぇ〜”と言ったが、満更
でもないみたいでそそくさと携帯を取り出した。
どうやら塚田くんにメールを送るらしい。
塚田くんへのメールを打つ朋ちゃんは、可愛らしく見えた。
”私もあんな風に誰かの目に映っているんだろうか”なんて
思ったりした。
塚田くんからのメールの返事はすぐにきた。
携帯を見る朋ちゃんの表情が、見る見る明るくなる。
「理子、塚田くんも美術にするって!!」
満面の笑みを浮かべた朋ちゃんが言った。
「でも朋ちゃん、音楽にするって言ってなかった?」
「塚田くんが美術にするなら私も美術にする!」
そう朋ちゃんは言った。
数日後、初めての選択授業の日――
私と朋ちゃんは、教材を持って美術室へと向かった。
教室内に入ると、窓際で塚田くんを交えた数人の男子と
話している室岡くんを見つけた。
ちょっとホッとした。
ふと彼と目が合った。
微笑んだ彼にドキッとして、私も微笑を返してみた。
少し恥ずかしかった。
――やっぱり室岡くんが好き――
改めてそう思った瞬間だった。
授業が始まる――
席はクラス別になっていて、室岡くんとは随分遠かった。
時々視線を彼の方へやってみる。
彼の後ろ姿が見えて、相変わらず左手で頬杖をついている。
ねぇ、好きだよ、室岡くん――
彼の背中に私は黙って告白した。
届かない声。伝わらない想い。
一年生の時と変わらない。
彼の後ろ姿にしか、声にならない声で好きと言えない――
私達の距離は何ひとつ変わっていないけれど、この美術室内に
彼がいることだけで嬉しかった。
同じ場所で、同じものを私達は見ている。
それだけで幸せだと思えた。
選択授業は週にたった二回ほどしか無い。
一週間に二回、私は彼と同じ空間にいられる。
美術の時間が、待ち遠しくて仕方なかった。