第16話 「バレンタインデーのチョコ。」
「ねぇ、理子ちゃんは誰にチョコあげる?」
図書室のカウンターで、隣に座る由美ちゃんが聞いた。
「お父さんと弟にあげるけど。」
「それだけ?」
私は”うん”と答えた。
「理子ちゃん、好きな人とかいないの?」
一瞬ビクッとした。
別に、隠す必要なんてきっとどこにも無いのだろう。
好きな人がいて、それが誰なのか、今ならはっきりと
答えが出せる。
だけど、誰かに話すことはまだ上手にできなかった。
「いないよ。」と私は言った。
「由美ちゃんは誰かにあげるの?」
「あ、うん・・・・」
由美ちゃんは少しだけ視線を反らした。
すると、誰かがカウンターに近づいてきた。
「平本先輩!!」
隣の由美ちゃんが突然立ち上がって言った。
「松本さん、ご苦労様。」
そう言うと、眼鏡をかけた男子生徒はチラッと私の方を見た。
「あっ、彼女友達なんです。勝手にカウンターに入れて
すみません。」
いつも落ち着いている由美ちゃんが、その時だけは少し
緊張している様子を見せた。
「あぁ、いいよ。俺もよくそうしてるし。」
「そうなんですか。」と由美ちゃんが言った。
「だいたい朝の当番なんて、そうでもしないと退屈すぎて
寝そうだよ。」
そう平本先輩という人が言うと、由美ちゃんは可愛らしく笑った。
彼は本を借りたかったみたいだった。
嬉しそうに貸し出しの際の手続きをする由美ちゃんを見て、
これは――と悟った。
「ありがとう松本さん。引き続き頑張ってね。」
そう言って彼はカウンターから離れ、図書室を出て行った。
「由美ちゃんがチョコあげる人って、もしかして今の人?」
私は聞いた。
「私、バレバレだった?」
「ていうか、嬉しそうだった。」
そう私が言うと、由美ちゃんは照れるように笑った。
彼は二年生の平本中あたる先輩といって、由美ちゃんと同じ
図書委員の生徒だった。
委員の仕事をしているうちに仲良くなったと、由美ちゃんは言った。
「それで、いつ渡すの?」私が聞いた。
うん――と由美ちゃんが言う。
「先輩、今日放課後の当番だから、その時にって思ってる。」
私は”そっか”と言った。
「告白はするの?」
そう聞くと、由美ちゃんは”えっ”と言って、驚いた表情をした。
「たぶんダメだとは思うけどね。」
「それでも告白するの?」私が聞く。
「だって、言わないままって苦しいじゃん。」
そう言って由美ちゃんは微笑んだ。
私はまた”そっか”と言った。
由美ちゃんが言うように、好きな気持ちを言えないのは辛い。
でも、私の恋は好きな人に彼女がいる。
だから、告白してもNOという返事が返ってくることはわかってる。
結果がわかってるから、告白なんてできない。
”好き”なんて絶対言えない。
結果を恐れず告白しようとする由美ちゃんが羨ましく思えた。
室岡くんにチョコは用意していなかった。
”義理”としても、”本命”としてもあげられないから・・・