第15話 「クリスマスの奇跡。」
歩道橋を渡り、家のすぐ近くの角を曲がる直前だった。
「室岡くん、もうここでいいよ。ホントにもう、すぐそこだから。」
私は言った。
このまま何も言わなければ、おそらく彼は家の前まで来てくれた。
私達は付き合ってるわけじゃない――
それを忘れないために、何かを期待しないために、そのための
境界線を自分から張ることは大事だと思った。
「ねぇ。」
室岡くんがふと溢す。
「このプレゼント、中見てみない?」
プレゼントの入った紙袋を軽く持ち上げてみて、彼は言った。
「ここで?家に帰って見た方がいいんじゃない?」
私は言った。
「なんか気になんだよね。俺が何もらったかみんなに言うなよ。」
口止めするくらいならこんな所で開かなきゃいいのに――
なんて思ったが、彼はすでに包装紙を開いていた。
中から四角い箱が出てきた。
彼が箱を開くと、中からシンプルなデザインの、ブラウン色をした
マグカップが出てきた。
私は目を見開いた。
「マグカップじゃん、ラッキー。丁度欲しかったんだよね。」
嬉しそうに彼が言う。
それ・・・と私が言う。
「それ、私が持ってきたやつ。」
マグカップなら活用性もあるし、男子でも女子でももらって違和感
がないと思った。
デザインも、派手すぎずできるだけシンプルなものを選んだ。
それが今、室岡くんの手元にある。
何気なく選んだプレゼント。
誰がもらうかわからなかったプレゼント交換で、好きな人の手に
渡るなんて――
「え、これ佐倉の?」
室岡くんが聞く。
私はコクン、と頷いた。
「マジ?ありがとう、大事にする。」
そう言って彼は笑った。
”大事にする”という彼の一言と微笑みで、また胸の奥が
ドキンと鳴った。
「佐倉も開けてみたら?俺も誰にも言わないからさ。」
彼がそんな風に言うから、私まであけたくなってしまった。
私が手に取った黒いビニール袋の中からは、オレンジ色のリボンで
巻かれたオレンジ色の包み紙が出てきた。
リボンを解いて中に入っているものをゆっくりと取り出した。
私がもらったのは、手の平サイズの白い猫の貯金箱だった。
「可愛い。」と私は言った。
あ――と室岡くんが言う。
「それ、俺の。」
一瞬耳を疑った。
私が用意したプレゼントを室岡くんがもらって、室岡くんのを
私がもらうなんて、こんなことがあるのだろうか。
「何か、俺達ってすげぇね。」
そう言って彼は笑った。
「ありがとう、私も大切にする。」
そう言うと、室岡くんは”うん”とだけ言った。
「じゃあね、送ってくれてありがとう。」
「あぁ、また学校でな。」
そして私達は別れた。
たった一言ずつ交わした会話が、一瞬でも恋人どおしに
なれたような気がした。
角を曲がって家の玄関のドアを開けて中に入るまで、私は一度も
後ろを振り返らなかった。
彼がまだあの角にいるかもしれない――
でも私達はそんな関係じゃないから、きっと彼はもういない――
そのどちらも確かめるのが恐くて、後ろを振り返ることなんて
できなかった。
室岡くんからもらった貯金箱を、机の上にそっと置いた。
その貯金箱を見れば見るほど室岡くんの事が思い浮かんで、
口元がゆるやかに綻んだ。
私のプレゼントを室岡くんが、室岡くんのプレゼントを私が手に
したことは、奇跡的なことかもしれない。
どちらもその相手のために選んだわけじゃなかった。
だけど私は、できたら室岡くんの手に渡ってほしいと密かに
思っていた。
そして、室岡くんのプレゼントがもらえたらいいのに、とも
思っていた。
願いが叶ったわけじゃない。
偶然起こった出来事でもなければ、奇跡でもない。
これは運命だって、私はひとり思った。
そこには何の根拠もないけれど。
クリスマスの夜を好きな人と過ごせた。
それは何よりものプレゼントで、そんな日くらいは運命を
信じてもいいのかもしれない。