第12話 「その背中にしか言えない。」
室岡くんと机を並べたのは、ほんの二ヶ月程度だった。
次の私の席は、真ん中の列の後ろから二番目で、由美ちゃんと
通路を挟んで隣どおしだった。
私と由美ちゃんは、退屈な授業のときは決まって手紙を交換
し合った。
手紙の内容は、昨日見たテレビの話や、読んだ漫画や雑誌の感想
などといったくだらないようなものだったけど、先生の目を盗んで
やりとりするスリルが楽しかった。
室岡くんは教卓の真ん前。
その場所のクジを引いたとき、彼は「昼寝ができないじゃん。」と
言っていた。
かつて朋ちゃんが言ったセリフと同じだったのが可笑しくて、
私は笑った。
「佐倉、交換してくんない?」
と言った彼に、私は「ヤダ。」と即答した。
前を向くと、室岡くんが見える。
彼は、左手で頬杖をつきながらノートを取ることが多い。
伸びてきた後ろの髪がうっとうしいのか、よく襟足をいじっている。
私は彼の後ろ姿ばかり見ていた。
この席の方が、室岡くんのことがよく見えた。
隣の席だった頃は、右側から彼の呼吸を感じた。
でも横目でしか見れなくて、一度、室岡くんが”教科書を忘れた
から見せてほしい”と言ってきたことがあった。
その時はお互いの机をくっつけて、私の教科書が境目に置かれた。
教科書なんてろくに見れなかった。
いつも以上に彼の息遣いがすぐ傍で聞こえて、何よりも彼とひとつの
ものを共有しているということにひどく緊張した。
室岡くんの後ろ姿がよく見えるこの席は、彼についての新たな発見が
たくさんできた。
だけど、言葉を交わす機会が減ったような気がする。
前は、授業と授業の合間の休憩時間に何度か話しをしていた。
ふたりでだったり、時には斜め前のさやかを交えて。
この席になってからそんなことができなくなって、少し寂しい。
でも自分から話しかけに行くなんて絶対できなくて、近づくどころか
隣でも後ろでも、私は彼の顔がまともに見れない。
前は見ることができた。
何も知らなかった頃。
何も気づかずにいた頃。
室岡くんが好きだと思ったときから、上手に彼のことが見れなくなった。
なんだか恥ずかしくて、切なくて、どうしても目を反らしてしまう。
後ろの席から前の方にいる室岡くんに、何度も何度も何度も、
心の中で好きだと云った。目で訴えた。
室岡くんは、何事もなく退屈そうに授業を聞いている。
こんな風でしか”好き”と言えない。
席が離れていることが、彼との間の微妙な距離が痛い。
室岡くんに彼女がいることが切ない。
絶対「好き」なんて言えないと思った。