三章 水遺跡
「―――ほう。どうやら予想以上の規模らしいな」
普段無駄に沈着冷静なユアンが感嘆の息を漏らすのも納得だ。
真っ直ぐ進んで来た通路の先には、眼下十数メートルに亘って巨大な水階段が続いていた。天井から幾筋もの水柱が静かに落ち、広大な空間は新鮮なマイナスイオンで満ち満ちている。景色の幻想度は、今まで行った遺跡の中でもトップクラス。湿度で毛並みがペッタンコになってさえいなければ、正直丸一日でも眺めていたいぐらいだ。
遥か下に見える扉を顎で示し、奴は脚を取られる水の通り道を器用に避けて降り始めた。
水辺には陽光を必要としない種類なのか、白く可憐な花がひっそり咲いている。石畳の隙間へ根を伸ばし、流されないよう健気に頑張る姿に心打たれた。流れの無い所には緑鮮やかな苔もこんもり。こんな地の底でも植物達はちゃんと生きているんだなあ。
カツ、カツ、カツ……。「よっと!」
五分経ってすっかり身体が縮んだので、俺は定位置である奴の肩に跳び乗った。脚の裏が濡れているのは御愛嬌。コートは防水製なので染み込みはしない。遺跡を出た後で拭いておけば問題無いだろう。
行程半ばまで行った所でユアンは一旦立ち止まり、辺りを注意深く見回して穏やかなせせらぎに耳を澄ます。
「……特に罠は作動していないようだな」
相変わらず風情一切無しの物騒発言。ま、トレジャーハントに危機感は必須だ。実際、以前の遺跡ではそのお陰で危うく水責めを免れた。
「森から歩き通しだぞ。ここら辺は乾いているし、少し休もうぜ」
俺自身は殆ど疲れていないが、こう言う提案をするのも相棒の大事な役割だ。
「そうだな。帰りもまたあの長い道を歩かねばならんのだ。休める内に休んでおくか」
そう言うと段差に腰を下ろし、デイバッグから女主人特製ハーブティーの入った水筒を取り出した。互いに一杯ずつ口へ流し込み、俺のお手製お握りも平等に二つずつ。狐でも手先は結構器用なんだぞ?繕い物も出来るし、おまけに自分で言うのも何だが達筆だ。
「労働の後の飯は美味いな。あ、デザートに板チョコ食おうぜ」
「却下。あれはもしもの非常食だ。食うなら帰りの船の中でにしろ」
「げー、ケチ!」
「五月蝿い、この食いしん坊狐が」
言いつつ梅干握りを頬張り、よく噛まないまま飲み込む。こいつには早食いの癖があるから、ただでさえちっちゃい口がラブリーな俺が余計スローペースに見えて困る。
「いっつも早えんだよお前!せめてもうちょっと味わって食えっての!!」
「腹に入れば何でも同じだ」
全く、一体どんな環境で育てばこうなるんだ?手料理をこのハイペースで食われたら、ママンはさぞやショックだろうなあ。いるかどうか知らないけど。
短いランチを終え、ハーブティーをもう一杯飲んで口を濯ぐ。
「行くぞ」
「ちょっと待て。食後の休憩は?」
腹が膨れ、正直少しの間動きたくない。
「要らん。早く調査を終えないと髭共が入って来るぞ。厄介事は勘弁だ」
ダダダダッ!!
「ちょっとばかし遅かったみたいだな」
「ああ」額に掌を当て、心底忌々しげに嘆息した。
「やっぱり手前か小僧!!」
「俺達の後をこそこそつけてやがったな!?」
四人組の先頭に立った黒髭の親父は、愛用の革鞭片手に歪んだ笑みを浮かべた。何時見ても見事な悪役振りだ。
「仕掛けを解いてくれてありがとよ。さあ、坊やは早く帰ってママのオッパイでもしゃぶってな」
いつも思うがボキャブラリーの少ない悪党だ。脳味噌足りてんのか?隣の相棒も呆れて鼻で嗤う。
「つまらないジョークだ。ネイシェ、行くぞ」
「そだな」
背を向けて下り始めた俺達の進路を、奴等は先回りで走って塞ごうとした。が、
ズテッ!「ギャッ!?」ドスッ!「わぁああっ!!」「ギョエッ!!」「アホ」
四人仲良く段差を滑り落ちていくのを見つつ、俺は至極当然で適切な台詞を吐いた。
「フン。足元も確認せず走るとは、乳離れしてないのはお前等の方らしいな」
ユアンも毒を吐き、頭を打って気絶した髭の尻を蹴飛ばして更に一段下へ落とした。
突如出現した障害物を無視し、俺達はようやく下層の閉ざされた扉へ到着した。振り返ると結構な急斜面が続いている。
「これは帰りが辛そうだな」
「ああ」
両開き扉は高さ四メートル、横幅二メートル半程度。取っ手らしき物が見当たらないので、引き戸か押し戸かすら不明だ。試しにユアンが両手で押してみるがびくともしない。
次に奴の指は壁の左側、人工の純金スライドパネルに触れる。絵柄は頭から鰭状の物が生えた裸の少女達―――察するに水の精霊か?地霊信仰のあるこの地方では比較的ポピュラーなモチーフで、この遺跡ともピッタリだ。
カシャカシャカシャ……カシャン。ゴゴゴゴ………。
「余裕だな」
ものの十数秒で仕掛けは解け、封印されていた扉がこちら側へゆっくり開き始める。
「どうやらここは単なる儀式場だったようだ。入口もそうだが、特に侵入者対策を施す必要も無かったのだろう」
「成程。って事は危険なトラップも」
「その考えは早計だがな。―――行くぞ」
ホルダーの銃に手をやりつつ、慎重に奥へ進み始めた。