二章 侵入
デイバッグから油をたっぷり入れたランタンを取り出し、マッチで火を擦る。取っ手を持つのは俺の役割だ。
肩口で闇を照らされながら、奴は躊躇無く階段を降りる。その眼光は鋭く、宝探し屋と言うより刑事のそれ。普段図書館や古書屋、質屋で新たな遺跡の資料を捜索する時もそうだ。髭野郎みたいな山師が圧倒的に多いこの職業で、明らかに異質なのだ、この男は。
「なあユアン。お前、何でトレジャーハンターやってるんだ?」
「その質問には答えないと言った筈だぞ。もう呆けたのか?」鼻で笑う。
「そんな訳無いだろ。まだ俺は二十歳だぞ」
いつも通りはぐらかされ、唇を尖らせる。
一つだけ当てが無い訳ではない。―――奴の首に肌身離さず掛かる、如何にも意味ありげなロケット。俺はその中身を知っていた。
一度、奴が風呂に入っている間に、脱衣所で外されたそいつをこっそり開けた。御他聞に漏れず、そこには恋人らしき女性の写真が。黒髪を肩まで伸ばした、病弱そうな二十歳前後の可愛い系色白美人。撮られたのが自称宝探し業を始めた五年前だと推定すると、現在は二十五歳前後。三十路間近の奴とは五つ程年が離れている。
(しっかしこいつ、本気で一回も連絡してない……よな?―――仮に故人でも、命日に墓参りぐらいは行きそうなもんだけど)
実はこっそり取っているのかもしれないが、少なくとも俺やヴァイアはその素振りすら見た事が無い。だから相棒は、未だ謎の男のままだった。
階段を降りた数メートル先で、俺達の前に分厚い石の扉が立ちはだかった。押しても引いても予想通りビクともしない。
三メートル程上部には十数センチの隙間が見えるが、当然人間のユアンでは通れない。登るだけなら器用なこいつの事、デイバッグに突っ込んである道具を駆使して可能だろうが。つまり、ここは俺の出番って訳。
「こちらには特に何も仕掛けられてないな。スイッチは向こう側か、ネイシェ」
「おう」
明かりを一旦渡した俺は奴の頭へ登り、後脚に力を込めて勢い良くジャンプ!巧く頂の取っ掛かりに前脚を掛け、ヒョイッ!反対側へ降り立った。あちこち隙間があるのか、案外こちらは天井からの光量がある。そして想定通り、こちら側の扉の傍には如何にもな金属レバーが設置されていた。
「レバーがあったぞ!すぐに倒すから待ってろ」
爪を床に押し付けて前脚を思い切り前に突き出し、全身の毛を逆立てながら力を込める事十数秒。全身を駆け巡る奇妙な熱さと共に、体長が一気に伸びた。勿論服は着ていないので、毛の薄くなった胸板も急所も剥き出しだ。
俺の一族、赤狐シュビドゥチ族は代々変身能力を持つ。俺の場合は時間にして約五分間、H約一回分半獣半人の姿になれる。妙齢の未亡人を満足させるのも、本体の状態では腕力の足りないこんな仕掛けも、よっと!
ガコン。ガガガガ………!!
日頃の行いが良いのか、幸いレバーは錆びていなかった。極めて御機嫌で機能し、扉が両側へ開く。
「フン」
一言の労いの言葉も無く、さっさと奥へ歩き出した奴の後を慌てて追う。人型なのに四つん這いなのは生来の習性だ。
「いつも思うが、お前の変身は随分時間が短いな。訓練で伸ばせばもっと汎用性が広がるのではないか?」
「んな事言ったってしょうがねえだろ。結構魔力だって使うし」
休み休みでも一日五回が限度だ。
「成程。昔見た奴は何日でも平気で人の姿を保ち続けていたが、あれは特殊な例か」
高魔力で変身が得意な一族と言うと、一つ角の連中か?しかし奴等は環境破壊や薬になると噂された角の乱獲が原因で、公式には大分前に滅亡した筈だ。
「そいつ、ユアンの友達か何かか?」
「まさか。仕事上関わっただけだ」
石畳の通路は間も無く湿り始め、やや広い場に出た所で左右に小さな水路が現れる。どうも真上の滝の水がここへ流れ込んでいるらしかった。