序章 夜明けの脱稿
※この話は『神殺し篇八 人々は華やぎ謳い騒ぐ』と『人戻し篇六 墜えし宝と蒼の鏡面』のスピンオフです。本編を読む前に、そちらを御参照頂く事を推奨します。
「ふぅ……」何とか〆切に間に合った。
窓の外に昇り始めた日を拝みつつ、俺は出来たてほやほやの原稿を茶封筒に仕舞った。それを背中に乗せ、首に掛けた紐で重い封筒の上部を固定する。
階段を降りて徒歩十分の郵便局まで行き、カウンターの上へ登って朝一の速達で送る手配をした。宛先の出版社では夜を徹し、今か遅しとこいつの到着を待っている筈だ。
案の上、帰って電話を入れるなり担当編集者の雷を喰らった。
「大丈夫だよ、さっき無事に郵便局へ届けたからさ。午前中にはそっちに着く筈」
それから十分程恒例の説教を食らい、前脚で受話器を置いた。
(俺だって、時間があれば余裕で渡したいさ)
こっちの事情、主に隣室の超絶横暴な相棒について、今度本人交えて懇々と説明してやろうか。あの仏頂面を前にすれば、あの若造も流石に泣いて土下座する気になるだろう。
キッチンに誰もいないのを確認して人型に変化。真っ裸で徹夜明けの濃いコーヒーを淹れ、自室に戻る。
デスクにカップを置いてから、椅子の上で変身を解く。机の右隅に立て掛けた子供と孫達の集合写真を微笑ましく見つつ、両前脚でカップを傾けた。ずずず。
「―――さて、〆切も無事守れたし、ぼちぼち『あれ』に取り掛かるか」
デスクの抽斗からほぼ白紙の原稿用紙を取り出し、ペンを取る。
―――私の書き散らす駄文に因り、『彼』は巷ではすっかり格好良い聖人君子で罷り通ってしまった。だが、あれはあくまで創作上のフィクションであり、現実の『彼』は百八十度異なる。
これは間違った幻想を抱かせた読者の人々へのせめてもの贖罪であり、子供達の眩過ぎる夢への鎮魂歌、そして真実の記録である―――
自分でも大仰だと思う前書きを軽く反芻した後、徐に続きを記し始める。
―――話の始まりは忘れもしない、宇宙暦七百五年の六月。私が『彼』、ユアン・ヴィーと名乗るトレジャーハンターと出会って四年目の初夏の事だ。