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「どうしてこんなことになったの?!」
ミズキはゼノンとセルジスの二人を呼び出して厳しく尋問した。
ゼノンはシュミレーターでの戦闘でムキになって無茶したらしい。腕を負傷して、全治1カ月と診断されている。基地内の病院で手当てを受けたゼノンはセルジスと共に、ミズキからの出頭命令に応じて揃ってミズキのオフィスに姿を現した。
「はっきりさせておきたかったのです」
セルジスが静かに答えた。
「俺たちとあの子供と、どちらが優秀か」
セルジスはミズキの方を決して見ようとしなかった。もちろんミズキに対して後ろ暗いことがあった為だろう。その態度に、ミズキのイライラはさらに倍増する。
「シュミレーターの無断使用が軍規違反なのは分かっていたはずでしょう? それにブランシュは問題行動を起こさないように管理しないといけない立場なのに、どうしてあんなことをさせるの? あの子にとっては命取りになるかもしれないのよ?!」
腕を組んで、二人を正面から見据えながらミズキは唇を噛んだ。
そう、些細なことでもブランシュにとっては命取りだ。未だに月基地内には少女の敵は多い。また、同様に少女を保護する立場のショウやエディは実力はあるものの世間的には若輩であるため立場に見合わないと、彼らを陥れる材料を探す者も多い。少女の問題は彼らを追いやる格好のネタに成りえる。色んな意味でブランシュの行動は各方面に影響を与えるのだ。
そして、四面楚歌状態のブランシュにとっては些細なことであっでも、見る者の悪意でその運命を大きく変えられてしまう。誰に対しても疑問の持たれるような行動は極力慎まなければならない。今回のように経緯はどうであれ、基地内の者を負傷させてしまうといった事態は問題外だ。
「貴方たちは私の意見に共感してくれたのではなかったの?」
ブランシュの境遇を哀れと思う、気持ちに共感してくれたのではなかったのか。ミズキは二人の裏切り行為とも取れる行動に、ショックを隠しきれずにいた。
「クレイム中尉、貴女は家族を火星の奇襲によって喪った。そしてその復讐のために軍に志願したのではなかったのですか」
「俺たちは同じ思いの貴女の姿をみて、ついていこうと決めたのに」
二人の反撃に、ミズキは言葉を失った。
彼らも火星との戦争で大切な人を失った。ゼノンは開戦当初の襲撃で家族全てを失い孤児となった。当時13歳だった彼は、瀕死の状態で連邦軍に保護された。民間人を無差別で襲撃してきた、あの地獄のような赤い世界を彼は一生忘れずに心に刻むのだとかつて語っていた。そしてセルジスは婚約したばかりの恋人を失った。同じ軍属でも後方部隊の衛生官だった彼女は前線から離れていたが、その戦闘は酷く、後方部隊も含めて多数の死傷者を出した。ミズキは以前から二人を知っていたので、当時のセルジスの絶望を覚えている。それ以来、彼の表情から笑顔はすっかり消えてしまったことも。
同じ気持ちはミズキにもある。軍属とはいえ、まだ開戦前。宣戦布告もなく襲撃してきた火星の部隊に、ミズキの父と兄が乗船していた輸送艦隊は防戦する間もなく撃墜された。突然のことで何も考えられなくなり、それからはじめて自覚した感情は憎悪しかなかった。理不尽な死を与えられた二人のことを思うと、どうにも自制が効かなかった。体のもともと弱かった母はショックのあまり倒れ、今も寝込んだままである。自分でも信じられないくらいに荒れて、周囲を心配させた。そんな時、父の元部下で兄の友人だったと名乗るショウに出会わなければ、とっくに自滅していたかも知れない。しかし、
「そうよ、今もその気持ちは喪ってなんかないわ」
それでも。亡くしたものの大きさは変わらない。憎しみも、絶望も、怒りも。何とか心の裡に隠す事が出来るようになっただけで、その気持ちは浄化できたわけではないのだ。
「それなら、何故、あの子供を助けるのですか? あの子供に我々がどれだけ苦しめられてきたか、貴女もよくご存知のはずです」
ゼノンの訴えに、ミズキは目を伏せた。
「でも、私も貴方たちも――ブランシュも、忠実に自らの立場に従って忠実に任務を遂行しているだけだわ。憎むべきは個人じゃない。火星政府という旗印よ。ブランシュの過去は分からないけど、あの子が自ら望んで機会人間になったなんて考えられないし、望んで戦禍に身を投じたわけでもない。彼女も火星の被害者なのよ。彼女は私たちの同情なんか望んでいないのかもしれない。でも、いつでも弱い者は戦争の被害者になってしまう。私はあの子を助けることで自分の――罪悪感を消そうと、贖罪をしているのかもしれない」
ミズキは悲しかった、とても、無性に。
涙は出なかったが、悲しみを堪えることができなかった。
今二人と話をしていて、ミズキは自分でも今まで不思議に思っていることの答えを見つけられたような気がした。
どうしてあれほど疎ましく思っていた『白い悪魔』を助けようと思ったのか。
人権尊重や人道主義を振りかざしたところで、それは所詮建前に過ぎない。
本当は、違う。もっと、自分勝手な理由だった。
火星軍を責めたところで、ミズキとて相手からすれば十分疎ましい存在だ。自分の戦果で、火星に甚大な損害を与えたこともあると自負している。その陰で、自分が火星に思うように、自分に対して憎悪を抱く者もいるだろう。そのことに、ミズキは心のどこかで無意識に深い罪悪感を溜めこんでいていた。そのことに対する償いを、目の前に墜ちてきた哀れな少女を救うことで償おうとしていたのかもしれない。
長官から処分があるまでが自室で謹慎しているよう命じて、二人を退室させると、ミズキは力なくソファに崩れ落ちた。
登場人物紹介⑧
セルジス・ガルフィールド
月基地・機動部隊所属。ゼノンの相棒階級は少尉。月出身の22歳。
もともと軍人の家系に生まれ、疑問もなく士官学校へ進み、軍属になる。2年前の戦闘で恋人を亡くしてからは、心を閉ざして任務至上主義の人間になってしまう。もともとは穏やかな人柄だった。