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天使の翼  作者: 綾野柚月
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After side: New home 2

 今まで押し黙っていた彼が漸く口を開いたかと思えば、その発言内容は穏やかではない。それでも内容を気にしてか努めて小声で話すあたり、彼は無配慮な人間ではないらしい。質問の意図を酌みかねて、ティエラが無言のまま視線を合わせると、彼は顔を顰めた。


「兄から聞いた。お前、兄を負かしたんだって?」


 クロウの口調に嫌悪的なものは読み取れない。強いて言えば純粋な興味というべきか。


「兄は俺が言うのも何だけど物凄い努力家で、そして自信家だ。それが自分の弟よりも歳下の小娘に負けたとあってはあの人のプライドはズタズタになっても仕方ない。鍛え直すと言って上長に特務部隊行きを志願したらしい」


 特務部隊は月基地のセリザワ長官やミズキの上司であるゼファー少佐がかつて所属していたエリート部隊だ。と言えば聞こえはいいが、最も生存帰還率の低い過酷な任務を請け負う部署だ。憧憬する者は多いが、実際志願する者となると思うより少ないのが現状だ。志願したところで配属される者ももっと少ないが。


「お前が知っているか知らないが、俺たちは金星での戦争でお互い以外の家族を全て失った。何も持たなかった俺たちは悲しみの矛先を戦争以外に昇華できる場所を選ぶことができなかったんだ」


 見下ろすクロウの眼差しは真摯で、彼も生き地獄を見てきた人だということはすぐに納得できた。


 ティエラも兄以外の家族はいない。ちょうど10年ほど前に失った。

 元々火星の研究施設に勤めていた両親は愛娘がその潜在能力から人体実験の被験者に選ばれたことを知り、家族で連邦に亡命を図ろうとして失敗した。両親は反逆罪で処刑され、まだ学生ではあったが両親の研究内容を熟知し、共同研究にも名を連ねていた兄エリードはティエラの助命と引き換えに軍属の研究所での研究続行を余儀なくされた。機械人間を強化し、増産する研究を。その過程で兄が壊れて行く様を、ティエラは間近で直視させられていた。もともと穏やかで優しい人だった兄が、非人道的な研究を続けて行くことでどれほどの苦痛を味わったか。機械人間の研究は本来戦争で負傷した兵士たちを救うために始められたものだった。それが、心を持たない人間兵器を作るものに取り替わってしまっていた。火星の情勢は悪化の一途で、成り振り構っていられない政府の上層部の思惑は暴走した。目的を見誤った研究を、両親は問題視してレヴィラにこのままではいけないことをいつも話していた。


 結局生きて行く為に、ティエラは機械人間の研究の被験者にならざるを得なかった。両親が命を賭けて阻止しようとしたのに、二人の決意はまるで無駄になってしまったことが、兄妹を、特にレヴィラの心を壊してしまった。ティエラに医療工学処置を施したのは他でもないレヴィラ自身だった。手術の前夜、彼が流した涙を、ティエラは一生忘れることはない。

 もし、自分が適合者でなければ両親は死なずに済んだろう、兄は意に沿わない研究で心を病むこともなかっただろう。自分がいなければ、自分さえいなければ。その想いは呪詛のように今度はティエラの心も蝕んだ。感情なんてなければいい、何も考えずにただ機械のように命ぜられるままに与えられることをこなせばいい。他の機械人間のように、意思制御装置の施された者のようにマスターの操り人形になればいい。


 だからレヴィラがあの計画を持ちだしてきた時、ティエラは絶望と希望を同時に抱いた。兄をまた犠牲にしてしまう絶望に、未知の世界へ踏み出す希望に。


 結果、ミズキたちに出会ってティエラは未来を手に入れた。そして諦めていた兄の未来も。レヴィラはあの事件のあと足に重い障害が残り、一生その足で立つことはできなくなったが、一命は取り留めた。今も軍属の病院での療養を余儀なくされているが、この後は軍での預かりとなるがもう心を削る研究からは解放されたのだ。最後に見た彼は、昔のような優しい眼差しを取り戻していた。抱きしめてくれた腕は力強くて、その涙は温かかった。


 この奇跡を誰に感謝しよう。

 だから、自分たちを救ってくれた全ての人の望みのままに生きようとティエラは思った。それが恩返しだと思ったからだ。

 

 目の前の少年は、まだ闇に囚われているのだろう。

 彼だけではない、この戦時下においては同じような悲劇は数え切れないほどで。今度は自分が誰かの救いになれたらいい、ティエラはそう望むようになっていた。


「俺はお前に対して兄のように、何の蟠りもない。今回の話を持ち込まれた時、ただ純粋に兄が勝てなかった相手を見てみたかった。こんな小さい女の子だとは思わなかったけど」


 そこまで言ってクロウは漸く表情を和らげた。

 彼は彼なりに緊張していたのかもしれない。彼の悪い笑みは、彼の兄には見られないものだ。ゼノンはいつも重苦しい何かを背負っているように見えた。融通が利かないほどに真面目で、何かを思い詰めた瞳は常に緊張感を伴っていた。あの悲壮感はクロウにはない。またクロウは兄とは逆に社交的であるようにも見えた。


「お前はもう軍には戻らないんだろう? ならここで将来について考えてみるのもいいかもな。クレイム中尉は『普通の女の子』になって欲しいと思っているみたいだから、取りあえず学生ってものを楽しむのもいいかもいいんじゃないか?」

「わたしは今まで自分すべきことについて自分で考えたことがあまりなかった。そう……、貴方の言うとおり、ミズキの望むとおりこの場所で見つけられたら」


 窓の外では運動部に所属する学生たちが汗を流している様子が見える。

 夏の熱い日差しも、学生の歓声も、何もかもがこれまでティエラには馴染みのなかったものだ。この場所にいると、宙空では命を賭けた戦争が継続中であることを忘れてしまいそうになる。見上げる太陽はただ眩しく、そんな些細なことにすら意識を向ける余裕があることが、まず驚きだ。


「勉強するのもいいし、部活に精をだすのもいい。友達作って、そのうち良い奴がいたら恋をするのもいいんじゃないか? お前ちょっといない感じの美少女、ってやつだからちょっとその気になったらよりどりみどりだろ」


 にやりと笑ったクロウの視線から逃れるように目を逸らして、ティエラはクロウの言葉を反芻していた。


――――――恋って何?


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