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天使の翼  作者: 綾野柚月
19/21

After side: New home 1

本編終了後約半年後が舞台です。


 初めて降り立った人類の故郷(ちきゅう)は、夏真っ盛りで、焼けるような日差しともはや熱風としか言い様のない風にティエラは思わず眉を顰めた。隣に立つミズキは、額の汗をハンカチで拭いながら、暑い暑いと嬉しそうに呟いている。暑いのが好きなのか?不思議に思って聞くと、ミズキは即答で嫌いだと言い切る。ますます訳が分からなくて首を傾げていると、ミズキは苦笑しながら教えてくれた。


 ――故郷に帰って来たんだな、と思って。


 地球のニホンというところがミズキの故郷らしい。昔々は四季の美しいところだったそうだが、今は夏と冬しかない、過ごし辛い地域だ。しかし、ミズキにとっては思い入れのある場所には違いなかった。


 これまで殆どドーム暮らしだったティエラにとって、この「夏」というものは耐え難く不快な環境だったが、それを懐かしむミズキの感傷に水を差すつもりはないので、頑張って堪えることにした。


 今回地球に、ミズキの故郷に来ることになったのは、ミズキの転勤とティエラの処遇についてある決定が下りたためである。ミズキは一旦現場を離れ地球にある士官学校の教員に就くことになり、ティエラは正式にミズキの家の養女になった。勿論実兄であるレヴィラ・エリード博士との縁が切れたということではないが、ティエラの今後について本人を含む関係者達が何度も話し合って決めたことだ。そのことについて勿論ティエラに不満はない。微妙な立場の兄妹の処遇について、連邦の上層部では予想以上に揉めて、一時はどうなることかと思ったが、某所の根回しが成功したからか考えうる限り穏便(・・)な措置が取られることになった。さすがに今回は某長官が自身のコネを最大限に活用したことは明白だが、この際手段は選んでいられなかったので仕方ないと言えばそうに違いない。結果、兄妹が一緒にいることは叶わなかったが、永遠に逢えないわけではない。ティエラも感謝しこそすれ、恨む気持ちなど微塵もない。


 火星に生まれ、一言では言い尽くせない絶望の日々を越えて、こうして太陽の下に何の憂いもなく立っていられること自体奇跡といっていい。もう過去の亡霊に苛まれることなく未来を考えられる。この僥倖を夢ではないと信じられるまでどれだけの時間を必要としたことか。ティエラは隣に姿勢よく立つ女性には一生かけても返せない恩があると思っていた。


「――それで、この後は家に行く前に学校に手続きに行こうと思ってるだけど……。長時間のフライトで疲れてるとは思うんだけど、付き合ってね」


 ミズキの言葉に何の疑問もなく頷いたティエラは、その後連れて行かれた場所に驚いて言葉を失った。


「ミズキ、学校って……」


 学校っていうから、てっきりミズキの赴任先の士官学校だと思っていたら一般の学校(ハイスクール)だった。広大な敷地をもつ、瀟洒な校舎が印象的な学校で、聞けばミズキの母校だそうだ。


「貴女もね、きちんと普通の学校に通ってみるべきだと思うのよ」


 口を挟む間もなく校舎内に連行され、行く先々で生徒たちの好奇心に満ちた視線を散々に浴び、居心地の悪さを感じながらも通された先は学校長室で、既に話も手続きも終わっていたらしく顔合わせというか、挨拶のみだった。


 既にミズキには話していたが、ティエラは物心ついたときから研究所育ちで、「学校」というところに通ったことがない。基本的な知識は兄のレヴィラから教わるか、本を読んで身につけるかの何れかだった。火星では市民階級の子供たちには義務教育制度が適用されるが、連邦との戦争が始まってからは孤児が増え、また社会の仕組みも歪に変化し、教育の機会を失った子供が巷にあふれた。そう言った子供たちが軍に利用されることが目立ち始め、その中で適性のある子供たちは機械人間(ドール)として作りかえられたりしていた。その現場の悲惨な状況は、今もティエラのなかで深い闇として重く蟠っている。


 その自分が「普通」の子供として「学校」に通うなんて想像もしていなかった。この件についてミズキを始め大人たちからティエラに事前に説明は何もなかったが、彼らにとってはティエラが学校へ行くことは至極当然のことで、今更何の説明がいると言うのか、と真面目な顔で言い切られた時は何の反論もできなかった。ティエラは連邦の世間一般では「高校」の1学年目に当たるらしい。実際学校へ通うのは1カ月後の新学期からとのことだが、環境に馴染むための配慮として夏休み期間中に補講を受けることになっている。


 編入にあたっての学力テストで、ティエラは全く問題ないところか全科目ほぼ満点の成績で教師陣を唸らせた。しかし知識や知能はずば抜けているが、研究所から軍属と全く同年代と普通に絡むことのない環境下に置かれていた彼女が新たな場所で馴染んでいけるかどうかが問題視された。そのために夏休みに何回か通学して「学校」というところがどういうところであるか見てくるように言われたのだ。知識として知っているから問題ないとのティエラの意見は即時却下されたのは言うまでもない。


 学校長との話が終わって、やっと解放されるかと思ったそのとき控えめなノックの音がした。振りかえると、見たこともない少年が扉のノブを手にかけてこちらを見つめていた。小柄なティエラがしっかりと見上げないといけないほどの長身、意思の強そうな黒い瞳はしっかりとティエラを捕えていた。しっかりした体躯は何かスポーツでもしているのかもしれない。彼は物怖じすることなくミズキに軽く会釈をすると、校長の視線に従って自己紹介した。


「クロウ・イーリスです。3年で射撃部の部長をしています」


 にこりともせずに告げる彼の態度に、ティエラは不思議な既視感を覚えて瞬きした。ティエラは何故か彼を知っているような気がした。否、誰かに似ていた。


「ゼノン・イーリスは俺の兄です。クレイム中尉には兄が月基地ではお世話になっていたようで、ありがとうございます」


 ティエラの態度から察したのか、彼は何でもないことのように告げる。その後、ティエラの事情も承知しており、その関係で学校でのティエラのお目付け役に指名されたと言った。

 クロウの兄、ゼノンは月基地のエースパイロットとして有名だったが、例の事件のあとすぐ月基地を離れたと聞いていた。特に懲罰があったわけではないが、彼自身思うところがあったらしく転属願を出したと。クロウの話では地球の特務部隊に転属された際一度弟の顔を見に来ただけで、それ以来連絡もないという。どうやら何らかの任務中であるそうだが、詳細については分からない。

 兄弟は金星の出身だが、戦争で両親を失って孤児となってからは支援団体の援助を受けて地球へ移り、兄のゼノンはすぐに軍属を志し、幼かった弟のクロウは施設に入りながらゆくゆくは兄の後を追って軍に入るつもりで来年からは士官学校への入学が内定している。


「貴方がゼノンの弟さん、よく似ているわね」


 感心しているミズキには愛想笑いを向けるものの、ティエラに対してはどこか冷やかな態度を見せるクロウに、ティエラは複雑な気持ちだった。






 彼に学校を案内してもらいなさい、そう言ってミズキに学校長室を放り出されたティエラはクロウと共に廊下を無言で歩いていた。施設と言えば研究所か軍基地というティエラにとってはどこもかしこも物珍しい光景だったが、極力そのようなそぶりは見せないように心がけた。並行するクロウはティエラの頭二つ分くらい背が高い。本気で見上げないとその表情を窺うことが出来ないが、にこやかでないのは確かである。どこに向かっているかは見当もつかないが、部活動の為に登校してきている他の生徒からの視線が痛い。よく見ると彼は長身なだけではなく非常に男っぽく端正な顔つきであるためか、女子学生の視線を集め、ついでに視界に映り込むティエラに対して敵愾心丸出しの視線を向けるものさえいた。だからといって怯むティエラではないが。


 どんどん大股で廊下を進むクロウについていくのは一苦労で、最後の方は駆け足になりかけたが、渡り廊下を通り過ぎ、人気のない校舎に差しかかったところで漸くクロウがティエラの存在に気付いたかのように歩調を緩め、振りかえった。


「お前、火星軍にいたんだろ」


もはやSFの欠片もない学園ものになりそうな……(笑)

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