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基地内の人員の避難を指示しながら、ミズキはショウやエディに連絡を取ろうと試みたが、何故か全く連絡が取れない。現状通信端末の接続状況に今のところ問題は見られないため、連絡の取れない状況にいるということだろう。彼らのことであるから、もしかしたら基地内の異常に気付いて何らかの対応中なのかもしれない。ミズキは彼らのことは崇拝と言っても過言ではないほどの信頼を寄せているので、彼女が余計な心配をしなくても問題はないと安易に考えていた。
逃れる人波に逆行しながら、ミズキは一心に階段を駆け上った。そうこうしているうちにどこからか鈍い爆発音が聞こえ、非常灯が点滅を始めるとともに、警報が悲鳴のようになり響いた。
そして追い打ちを掛けるように爆発音が連続し、どこかで誰かの悲鳴がこだました。それらは階が上がるにつれて一層激しさを増した。
突然吹き飛ぶ壁や、崩れ落ちる天井を掻い潜り、ミズキは懸命に最上階を目指した。基地全体が巨大なコンピューターであるといっても過言ではないということは、基地内のどこでウイルス負荷の被害に遭うかわからない。爆発を恐れず、駆け抜けることは相当な勇気を必要とした。
「危ない! 伏せろ!!」
その声が耳に届いたのと同時に、ミズキは力強い腕に引かれて床にダイブさせられていた。直後、背後から今までになく大きな爆発音がした。
「マーディン?! どうして――」
自分を庇うように押しかぶさる青年を、ミズキは驚愕の眼差しで見上げた。
「責任は、取る。もう火星に従う理由はなくなったから――せめて、出来ることを」
彼の顔はどこかすっきりした様子だった。彼を戒めるものがなくなったからか……その悲しみは未だ癒えてはいないのだろうが、今現在の彼は、確かに前を向いている。そんな風に感じられた。
差し出されたマーディンの手を、ミズキは返事の代わりに握り返した。
「ミズキ、ブランシュのことだけど」
走りながら、マーディンが話しかける。
「実のところ、あの子の報告書の殆どが虚偽事項だ。かつて彼女は事故か何かで脳に甚大な損傷を受けたようだが、治療行為以外の医療工学処置は受けていない。僕が知っていた他の機械人間たちとは明らかに違う。ブランシュには今更だけど十分注意した方がいい」
マーディンの眼差しは至って真摯そのものだった。だから、これまでの経緯はともかく今は真実を話しているとミズキは思ったので、黙って頷いた。
ブランシュが何らかの意図を持って月に降りてきたというのなら、少女を警戒する必要性は十分ある。レヴィラを月基地内に招き入れたのも少女の仕業に違いなかった。この二人が月で何をしようとしているのか、その目的が分からない今は、迅速且つ慎重に対応していく必要がある。そしてレヴィラの言葉を信じる、信じないに関わらず、彼とは会わなければならないとミズキは感じていた。
さらに激しくなる爆発を掻い潜り、二人は最上階を目指す。
二人が駆け抜けた後には防火シャッターが次々と降りてくる。退路は完全に失われてしまったが、元々後戻りするつもりなどないので問題はない。
「ミズキっ、飛び込め!」
声に押されるように、目の前の扉の中に飛び込んだミズキの後ろで、鈍い音を立ててシャッターが下ろされた。どうやらマーディンが手動で下したようだった。自動で下りるものの他に、もう一枚の壁が出来る。シャッターの向こうからは凄まじい爆音が近付いてくる。ミズキは大きな壁となって立ちふさがるシャッターに向かって悲鳴をあげた。
「ここは、任せて」
壁の向こうから優しい声が返ってきた。
「急いでレヴィラの下へ。油断ならない男だけど、君ならきっと――」
「――何てことしてるのよ!」
非難するミズキの声が聞こえなかったのか、壁の向こうからの返事はなかった。そして耳をつんざく爆音が響き、地面が大きく揺れた。だが、ミズキの周囲はマーディンが閉めたシャッターのお陰か、難を逃れることが出来たらしい。
「――マーディン!!」
ミズキの声はまたしても爆音にかき消される。今度の爆発は相当に大きかったらしい。振動と、熱とが今まで以上に肌に刺さるかのようだ。ここも、もはやそう長くは持たないかもしれない――立ち止まっている時間はなかった。ミズキは唇を強く噛みしめた。振り返っている猶予が全くないことは、分かっていた。
だから、必ずやり遂げなければいけないと心に誓った――他でもない彼の為に。




