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忠犬少女  作者: 長谷さえ
第1詩 はじまりの音
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第2話

のんびり更新です。

「それで、神子の様子は?」


 ヴォルテイム王国、王城、国王専用執務室。国王が日常的な事務仕事をこなすために作られた専用の部屋では、今、国王と元帥の2名しかいない。国王自らが人払いをしたためだ。


 従兄弟という気安さもあって、二人きりになるとラ・ギヌは途端に態度を崩す。現在も例にもれず、ラ・ギヌは略式の軍服を身につけ、部屋の主のものであるはずの執務机に行儀悪く腰掛け、リ・ロイが見ていた書類を適当にひっつかみ眺めていた。


「呆然、ってかんじだったな。ありゃたぶん成人していないぞ。いきなり、異世界です、っていってもなかなか信じられんだろう」


 リ・ロイは頬杖をついて、ため息を吐く。眉間にしわが寄っている。


「神殿には知らせてないだろうな?」


 国王の問いに、元帥は当然、といった顔で頷いた。


「もちろん。やつらに渡したらどんな偏った教育が施されるか……考えただけでも恐ろしい。最悪、四大戦争がまた起こるぞ」


「魔術王が残した遺物だ。戦争など簡単に起こすだろう。老害ばかりでいやになる。そういえば、あの神殿を潰す手掛かり、やはりやつらに処分されてしまったようだ」


 リ・ロイは一枚の書類を差し出す。そこには、先日こちらに内通者として名乗り出て、そして何者かに殺された密告者の詳細が記されていた。


「神子の来訪で浮足立ったところをやられたな。やつらもなかなか、ちゃっかりしてる」


「おい、これはお前たち軍の責任だぞ。密告者の警備はどうなっていたんだ」


「それはこちらから説明いたしますわ」


 突如、涼やかな声が割って入る。いつの間にいたのやら、銀髪に薄い緑の目をした女性が、嫣然と微笑みながら佇んでいた。


「カ・ビシ。ここは人払いしていたはずなんだが?」


「妻を排除するというのですが」


 冗談のように行って、カ・ビシは報告書をリ・ロイの前に並べる。王が読む傍ら、元帥も覗き込むようにして読む。


「神殿省大臣のマ・エイが神殿側に取り込まれていたようです。そして彼の息のかかった軍の者が密告者を警護し、殺害に及んだようです。実行犯はネス川に身を投げました。遺体は回収してあります」


「マ・エイか。彼の娘は神官だったな。大方、娘を人質にとられたのだろう」


 チッ、とどこからか舌打ちがする。カ・ビシはちらりと夫を見遣ると、元帥へ質問する。


「実行犯の名前に覚えはありますか」


「うーん、たぶん、マ家繋がりで軍隊に入ってきたやつじゃなかったかな。調べてみる」


「老害め、汚い手を使う。無駄だろうが、証拠がないか調べておいてくれ」


 ラ・ギヌにそう指示を出し、リ・ロイは妻であるカ・ビシを見る。


「宰相、引き続き闇と影には神殿を見張らせろ。夜はマ・エイにつけて、……そうだな、黒は神子につけてくれ」


 指示を受けた2人は右手を左肩に置いてさっと一礼し、執務室を出ていく。2人の足音が十分に遠ざかると、リ・ロイはぼそりと呟いた。


「神子、か。どんなやつが来たのか、楽しみだ。本当に」




   ◇◆◇




「……はっくしゅっ」


 何やら大きなくしゃみが出てしまった。

 重ねられた布越しに、大丈夫ですか、と声がかかるが、それに慌てて大丈夫と応えて、そそくさと浴室に向かう。


 浴室と言っても、真音にはとてもそうは思えない。

 その空間は、天井から吊るされ重ねられた布で仕切られている。床も天井も、そして大きな窓のすぐそばに設置された浴槽も、青白い石でできていた。

 それ以外は、身体を洗うための道具が入った籠があるのみである。


「えっと、こうして、と……」


 真音は、説明されたとおりに、浴槽の縁にあった『陣』に軽く手を触れる。すると、みるみるうちに湯が満ちて、浴槽から湯気が立った。


「できた……」


 真音はほっと安堵のため息を吐く。


 再起動した頭をフル回転させて周囲の状況を確認すると、いつの間にやらラ・ギヌと名乗った騎士は消えており、落ち着いた雰囲気の綺麗な部屋に立っていた。

 ここはどこだ、と考える間もなく、男と同じ銀髪緑眼をした女に、濡れた衣服をはぎ取られ、あれよあれよという間にこの浴室に連れてこられた。

 裸を見られることに羞恥を感じて抵抗すると、女は、身を清めていただきます、と言った。風呂に入るのかと思った真音は、自分でやると女を拒絶。すると、女は案外素直に引き下がり、浴室の説明を始めた。


「この陣に軽く触れれば、湯が湧き浴槽を満たします。こちらが髪と身体を洗う専用の粉ですので、この布を濡らして粉を付けて泡立て、全身を洗って下さい。

 泡がついたまま浴槽に入って、泡を流して下さって構いません。湯はすぐに浄化されます。お召しになっていたものはそちらの籠にお入れ下さい。

 それでは、私は外に控えておりますので、何かあればお声をかけて下さいね」


 女は青白い浴槽の使い方を流れるように説明した。

 風呂だと思うと、真音は急に自分が冷え切っていることに気がついた。あんなふうにびしょぬれになっていれば冷えていて当然だが、身体のことまで頭が回っていなかったのである。


 ちゃぽん。

 溜まった湯が適温であることを確認すると、足からゆっくりと浸かった。思わずため息が漏れる。


「気持ちいい……」


 指先や足先に、じんじんと血が巡っていくのがわかる。相当冷えていたらしい。

 150センチ程度しかない真音の身長だと、あと2・3人は浸かれそうなほど、浴槽は広かった。ただ、蛇口も排水口もないので、真音からみれば、浴槽というよりはただの石造りの大きな容器、あるいは箱である。


 陣、と説明されたそれは、円の中に複雑な文様が描かれている。真音が軽く触れてからずっと、陣は淡く光り輝いていた。浴槽は青白い石で出来ているため、陣の光を反射して綺麗だった。


「神子、異世界、……魔法」


 光る陣を見つめながら、真音はふと呟く。真音を神子だと言った男は、神子を異世界から来る者だと言った。つまり、真音は今まで15年間過ごしてきた世界とは、別の世界にいることになる。


 信じられないことだが、真音はすでにこの世界を違う世界だと受け入れつつあった。

 なにしろ、否定する要素がない。

 空には水が揺らいでいたし、落ちる真音を受けとめたあの青いゼリーは、真音の常識では説明できないもののようだった。

 目に入る人間は、真音の世界ではありえない、銀色の髪に緑の瞳をしていた。

 この風呂だってそうだ。陣、と呼ばれるもので、どこからかお湯がわき出る。魔法みたいに。


 ばしゃっ。

 立ち上がって洗い場に出る。籠の中から、身体を洗う布と粉を取り出し、泡立ててみた。


 魔法、か。

 真音はどうにかこうにか説明されたとおりに身体を洗い、不思議な浴槽で泡を流した。泡はあっという間に消えてなくなった。けれど、浴槽の湯は綺麗なままだ。


 ぴちゃん。

 真音の身体から伝った湯が、湯船に落ちて波紋を作る。


「水は私の世界と同じだ」


 透明な湯を見つめていると、ここが異世界だということを忘れてしまいそうになる。少なくとも水は、真音の世界のものと変わりない。

 両手で湯を掬い、湯船に滴るそれらをじっと見つめる。


 ぴちゃん、ぴちゃん。湯が弾ける音。

 なぜだろう。ただの滴る湯の音。湯船に弾ける音。それがやけに、耳に残る。落とす湯の量を多くすると、音がたくさん鳴って、混じって、そうするともっと夢中になってしまう。


 音が、いや、音のその『響き』が、耳に心地いい。


 長すぎる入浴に心配したのか焦れたのか、外で控えていた女が声をかけてくるまで、真音はそれに夢中になっていた。




 ◇◆◇




「のぼせてしまったのかと思いました」


「す、すみません」


 苦笑する女に頭を下げ、真音は反省する。

 なぜ、状況を忘れるほど、さきほどの稚拙な行為に夢中になってしまったのだろう。はたから見れば、ただ湯で遊んでいただけである。真音は内心で首をかしげた。


 真音が着ていた一式――学校指定のセーラー服、靴、下着など――は、すべて濡れてしまったので、この国の衣装を着た。

 衣装は、言うなればインドのサリーに似ている。数枚の布を身体に巻きつけ、要所を金具で留める複雑な造りをしていて、もちろん1人では着ることができず、すべて女に着せられた。

 布を巻きつけているだけなのだが、動いても乱れることはなく、ひょっとしたら着物よりも運動に向いているかもしれない。衣装の肌触りもなかなかで、真音はすっかりこの衣装を気に入っていた。


 着付けをしているときに話した内容によると、女はユ・ギマといい、真音の世話を任された人、らしい。顔立ちが日本人とは違う、というか異世界人のため、はっきりとした判断はつかないが、真音は彼女を美人だと思った。

 銀髪を肩あたりで切りそろえ、すらりとした体型の彼女は、無駄のない動作で真音の世話をする。あとは、この国の名がヴォルなんとかで、この衣装は女性が着るものだということも教えてもらった。


 湯に浸かったことで、水から落ちたとき――異世界に到着したときよりは、頭も心も落ち着いている。落ちたときよりは冷静に、真音はこれらの情報を受け入れた。


「神子様、どうぞこちらに。あちらの長椅子に――」


 ユ・ギマは真音を広い部屋に案内した。そこが、浴室に行く前に佇んでいた部屋だと気づく。それとほぼ同時に、ユ・ギマが不自然に硬直した。


 不審に思って彼女の向こう側に顔を出すと、待っていた光景に、真音も同じように硬直してしまった。


「きれい……」


 真音は無意識のうちに呟く。


 ユ・ギマは示した長椅子に、先客がいた。

 初めて会う人だ。先客は、真音がぼそりと呟いた言葉が聞こえたのか、悪戯っぽく笑う。

 笑顔になるとますます魅力が増して、真音は首筋まで赤くなった。


 間違いない。真音が15年の人生で出会った人の中で、最も美しい人だ。


 長椅子の先客は、この世界で出会った人と同じ銀色の髪を、三つ編みにして胸に垂らし、いろいろなところに輝く宝石をつけた衣装を着ていた。

 衣装の色は青みがかった黒。そして、瞳の色は、水の空と同じ紺碧色をしていた。深い深い蒼。


 部屋の中央にある長椅子にゆったりと座るその人は、微笑んだまま、唇の前に人差指をかざす。静かに、ということだろうか。

 そして、次にその人が発した声は、真音の耳を虜にした。


「ようこそ、ヴォルテイム王国へ。身体は温まったかい?」


 ヴォルテイムがこの国の名前だと思い至る前に、真音の脳は心地の良いその響きにいっぱいになっていた。


 ああ、なんて綺麗な声。


 その人から発せられる、低く、滑らかに鼓膜を打つ声。

 真音は無意識のうちにうっとりとした笑みを浮かべる。浴室での遊びよりも数段、気持ち良い『響き』に真音の頭の中は考えることを放棄した。


 気がつくと、その人は心配そうな顔をしている。

 そういえば、身体は温まったのか、と訊かれていた気がする。

 慌ててこくこくと首を縦に振ると、心配そうな顔が安心したような笑みに変わった。


 真音は、再度その口が動くことを待つ。

 なぜだろう。私は、もっとこの声が聞きたいと思っている。


「ここに座って」


 言われたとおりに、その人の隣へ座る。長椅子は座面も背もたれもふかふかだった。


 美しすぎると性別を超越する、とはまさにこの人のことだと思う。

 真音は、低い声と座っている姿勢や雰囲気から、その人を男だと判断した。そのまま笑顔でいられたら男か女かきっと誰も見分けがつかない。


 もっとしゃべって。

 そう願いながら、美しい顔を一生懸命見つめる。

中途半端ですが、一度ここで切ります。


読んでいただきありがとうございます。

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