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あの日、星空の下で -Star Observation Society-  作者: TOM-F
Sign02 アクエリアス・テレスコープ
6/36

γ Aqr


アクエリアス(水瓶座)


 黄道十二宮では、十一番目に当たる宝瓶(ほうへい)宮である。


 星座は、小さな四つの星がYの字に並んだ形であり、水瓶をかかえた男の姿に見立てられている。いちばん目立つ星は、最高の幸運を意味する『サダルスウド』。


 占星術においては、一月二〇日から二月一九日生まれの人が水瓶座になり、その性格は「冷静」だとされている。


 *


 一月には、これという天文現象もなかったので、月に一回の夜間活動は、望遠鏡を使った観望会になった。


 朝陽市の冬は、晴天率が高い。その夜も、雲ひとつない絶好の観望日和だった。

 夜空を切り取った観測ドームのスリットから、きらきらと輝く星空が見える。

 冬の夜空は、その寒さを忘れさせるほどにゴージャスだ。いずれもが、錚々たる銘を持つ星と星座たちの競演で、観測には大敵なはずのシンチレーションという大気の揺らぎすら、星の光を華麗に瞬かせる演出家だった。


 夜間用室内照明の赤い色に照らされた観月が、液晶モニターとプッシュボタンを備えた携帯用ゲーム機のようなリモコンを操作する。

 華奢な指がプッシュボタンを押すたびに、モーターの軽い唸りが聞こえて、望遠鏡がゆっくりと上下左右に動いては停止する。

 望遠鏡は古い形式だが、架台の赤道儀は最新式で、リモコンを操作するだけで目標の天体を視野の中心に捉えてくれる自動導入装置が装備されている。


 望遠鏡の向いた方向を目視すると、オリオン座が見えた。

 特徴的な鼓型は、狩人オリオンの姿になぞらえられており、その肩の部分には、ひときわ明るくて赤い星がある。

 僕は、反射望遠鏡の接眼部を覗き込み、視野の中心にその星が捉えられていることを確認する。


「オーケー。観月、追尾を」


 観月が、リモコンのボタンを押す。

 赤道儀に内蔵された自動追尾装置が動き出し、その星を視野の中心に捉え続けてくれる。


「じゃあ、綾乃。見てくれ。オリオン座の赤色巨星、ベテルギウスだよ」


 片目をつぶってアイピースを覗きこんだ綾乃が、そのままの姿勢で文句をつけた。


「何も見えないよ。っていうか、普通に目で見てるのと変わらないじゃない」

「ベテルギウスは、直径が太陽の一千倍もある赤色巨星なんだ。でも、地球にあるいちばん大きな望遠鏡で見ても、見え方はたいして変わらない。じゃあ、次は有名なアンドロメダ大星雲を見てみよう」

「それ、知ってる。渦巻き銀河だよね」


 観月は、無言でリモコンを操作して、望遠鏡をアンドロメダ大星雲の方向に向ける。

 踏み台の上に居座った綾乃は、望遠鏡の動きに合わせて身体の向きを変えている。

 僕は、屈折望遠鏡にアイピースを取り付けて覗き込んでみた。視野の中心付近に、それが見えていた。

 西の空の低い方に向いた望遠鏡を、腰を屈めて観ている綾乃が、白い息を吐く。


「だから、何も見えないって。どれが星雲なの?」

「目を凝らして、じっと見て。かすかに、白い塊みたいなものが見えるだろう」

「あっ……見えた、かも」


 観月と交代した綾乃が、僕の顔を見て、不満げに目を細める。


「もっと、分かりやすいのがいい。初めてなんだから」

「じゃあ、今度は土星にしよう。輪がきれいに見えるはずだ」


 リモコンの液晶画面にメニューを呼び出し、土星を選んでから、自動導入をオンにする。

 望遠鏡がういぃんと動き、ぴたりと停まる。


「見えたわ、土星よ」


 反射望遠鏡のアイピースを覗き込んでいた観月が、綾乃にその場所を明け渡して屈折望遠鏡に回った。


「写真で見たのと、ずいぶん違う。こんな染みみたいな星雲や、米粒みたいな土星を見たって、感動ゼロだよ。もっと大きく見えないの?」


 綾乃の辛口の感想を聞きながら、僕は、自分がはじめて天体望遠鏡で星を見たときのことを思い出していた。


 こんな立派な望遠鏡で見たら、さぞやという期待があった。

 けれどそこには、目を凝らさないと見えない程度のかすかな白い光や、小さな像があるだけだった。写真のような、渦を巻いた星の塊や、惑星を囲む輪は見えなかった。

 僕も、先輩に言ったものだ。もっと大きく見えないのか、と。

 そのとき、先輩は、こう言った。


『俺たちがやっているのは、鑑賞じゃなくて観測なんだ。ここから、アンドロメダ大星雲や土星までの距離を知っているか? そんな遠くのものを、こうして形や色までリアルに見ることができる。それが、どれほどすごいことなのか、それはわかって欲しい』


 気が付くと、僕もまた、綾乃に向かってそんなことを口にしていた。



 観望会を終えた翌朝、学校からの帰路で、僕は隣を歩く綾乃に話しかける。


「がっかりした?」


 綾乃は、遠くに見える高層マンションの群れに目を向けたままで答えた。


「正直、ちょっとね。でも、写真みたいに見えるなんて、自分の勝手な思い込みだったって気づけたんだから、それはそれで収穫はあったよ。それより、智之ちゃんはちゃんと見ているの?」


 白い息とともに吐き出された綾乃の問いの意味を、僕は図りかねる。


「えっ」


 綾乃は、ゆっくりと視線をめぐらせて、僕の顔を見た。その頬がほんのりと赤く染まり、僕の左手に温かな圧力が加わる。

 そして、綾乃は、大きな目を細めて、ふふっと笑った。


「望遠鏡で遠くのものを見るより、目の前のものを見る方が難しいってこと、あると思うよ」

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