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あの日、星空の下で -Star Observation Society-  作者: TOM-F
Sign12 サジタリアス・スターオブザベーション
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β Sgr


サジタリアス(射手座)


 黄道十二宮では、九番目に当たる人馬(じんば)宮である。


 星座は、半人半馬の賢者ケイロンが、弓矢を構えた姿に見立てられている。また、星座を構成する星の一部が、北斗七星のようなひしゃく型に並んでおり、その部分は「ティーポット」とも呼ばれている。射手座は、地球から見て銀河系の中心方向に位置し、天の川が一番濃くなっている場所でもある。いちばん目立つ星は、「弓の南」を意味する『カウス・アウストラリス』。


 占星術においては、十一月二三日から十二月二一日生まれの人が射手座になり、その性格は「自由」だとされている。


 *


 見上げる星空に、僕の吐き出す息が、白い塊になってはすぐに霧散していく。

 分厚いダウンコートを着ていても、刺すような冷気が凍みてきた。

 月明かりに満ちた青白い夜空に、ひとつ、またひとつと光の筋が描かれては消えていく。


 夜空から地上に視線を下ろすと、暗い疎林の向こうに国立天文台の電波望遠鏡が見えた。

 月光を浴びた白くて巨大なパラボラアンテナは、降り注ぐ流星を捕まえようとするかのように、夜空に向けて大きな口を開いていた。


 年末の夜空を彩るふたご座流星群の観測地として、僕はこの野辺山高原を選んだ。

 山梨県と長野県が境を接する八ヶ岳山麓の、標高約千三百メートルに広がる野辺山高原は、大都市の街灯りに邪魔されない星空を見ることができる場所として、天文ファンの間では名前が知られている。


 いつか行きたいと思っていたこの場所に、僕はようやく立つことができた。

 けれど、ここから星空を見上げる僕の隣には、古い一眼レフを構える幼馴染も、スケッチブックに色鉛筆を走らせる同級生もいなかった。


 あの陽北祭の日から一年あまりが過ぎて、僕を取り囲む世界は、星空が季節とともに移ろうように大きく姿を変えていた。



「ねえ星河君、固定撮影のカメラってこれでいいのかしら」


 遠慮がちな声に振り向くと、白いダウンジャケットを着た少女が、上目遣いに僕を見上げていた。

 彼女は、襟元のフェイクファーに白い頬を埋めながら、三脚に据えつけられたデジタル一眼レフカメラのレンズを夜空に向けている。


「もうちょっと、西に向けてください……。そう、そのあたりです」


 三脚のクランプを締め付けてカメラを固定する彼女の横で、折りたたみ椅子に座った男が眠そうに欠伸をかみ殺した。


「なあ、星河。朝までぶっとおしで観測するつもりか。さすがにここの冷え込みじゃ、女の子たちにはキツイぞ。さっさと切り上げて、ペンションの部屋でトランプでもやろうぜ」

「そうですね、じゃあ、あと二時間くらいでおしまいにしましょう。先輩は、出現数の記録をお願いします」


 朝陽北高校を卒業した僕は、京都にある私立大学の教育学部に進学した。好きな天文学で、人と関わる仕事がしたいと思ったのだ。

 とはいえ、学者になれるほどの研究ができるとも思えなかったし、博物館の学芸員は門戸が狭すぎた。

 だから、僕は教員になるという道を選んだ。


 大学には天文研究部はなかったから、僕は同好会を作った。

 Star Observation Society通称SOSと名づけた同好会は、一年前に入学していた先輩がいたおかげで立ち上げと運営が順調に進んで、今は男女合わせて七人のメンバーを擁するまでになった。

 そのSOSの第一回目の合宿観測会が、ここ野辺山高原でのふたご座流星群の観測だった。


 午前二時を過ぎて、邪魔だった月が西の空に低くなると、降るような満天の星空が広がった。

 そして、輻射点のあるふたご座のあたりから、はっきりと目に見える光の筋がいくつも光跡を残して流れ始めた。


 そろそろ、かな。


 僕はスマートホンを取り出して、グループチャット用のアプリを起動した。


『準備はできた?』


 短いコメントを書き込むと、すぐに応答があった。


『ありす>朝陽北高校SOS、準備OKです』

『ありす>弥生ちゃんはきゃあきゃあ言うばかりで、戦力になりません』


 リンゴのマークがついたノートパソコンを見つめる黒曜石の瞳を思い浮かべながら、僕は素早く返信をする。


『がんばってね、部長。弥生には、真面目にやれと伝えて。あと、小田先生と富士先生にも、よろしく』


 僕たちの卒業と入れ替わるように朝陽北高校に入学した、ありすと僕の妹の弥生は、どういう手段を講じたのか知らないが天文研究部を復活させていた。

 部活に熱心ではない朝陽北高校で、しかも活動停止中のクラブを復活させるなんて、どう考えてもありすには無理そうなことなので、間違いなく弥生の仕業だろう。冨士先生はともかく、小田先生によく顧問を引き受けさせたものだと、僕はその度胸と手腕に感心した。


 ありすも弥生も天体観測は未経験だったが、詩織の残してくれたマニュアルが役に立っているらしい。

 そして、こうして電子メールやチャットを使って、僕たちは連係しながら天体観測をやってきた。


 三人だけの天文研究部からはじまった人の輪は、すこしずつだが広がりを見せ始めていた。

 けれど、こうして星を見上げるたびに、僕の胸は苦しくなる。

 なぜ今ここに、あの二人がいないのだろうか、と。どこかで、ちがう選択をしていたら、あるいは……。


 僕は首を横に振って、感傷を追い払う。

 いつまでも過去を振り返っているわけにはいかない。今もこの星空には、次々に新しい流星が現われては消えているのだ。少なくとも僕は、それらを眺めているだけだった自分を、あのときあの場所に置いてきたのだから。


 立ち止まりそうになる自分にそう言い聞かせたとき、ありすの書き込みに続くようにメッセージが届いた。


『あやの>お待たせっ。ニューヨークSOS、準備OKだよ』

『あやの>もっとも、こっちはメンバーみんなでランチタイムだけどね』


 続いて、もうひとつのメッセージが書き込まれた。


『しおり>三鷹西高校SOS、準備OKです』

『しおり>みんな初心者だから、今回は観望だけにします』


 ニューヨークと東京という遠く離れた別々の場所で、綾乃も詩織も、あの日に語った夢に向けて、それぞれの道を歩き出していた。


 僕は、満天の星空を見上げた。


 時間と距離を超えて、つながるものはたしかにある。

 そして、たとえ形は変わっていっても、星と星とを結べば、そこにはまた新しい物語が生まれるのだ。


 一瞬の感慨を胸に沈めて、僕はスマートホンでメッセージを送った。


『じゃあ、始めようか。僕たちの天体観測を』

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