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コンステレーション(星座)
夜空に見える恒星の並びを、その形から連想される様々な事物になぞらえて呼び習わしたもの。
地域によってかなり異なったものであったが、現在よく知られている星座は「トレミーの四十八星座」をベースに、国際天文学連合が定めた八十八個に集約されている。
天文学的に見れば、恒星同士の見かけの並び方には、なんの意味もない。星座を構成する星は、地球からの距離もばらばらであり、たまたま同じ方向に見えているだけである。
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「みなさん、私たちのプラネタリウムへ、ようこそ」
木の葉を揺らす風の音のような詩織の声が、狭い暗室に響いて消えた。
「人が作った地上の星たち、街の明かりが眩しすぎて、今ではもう、この街の夜空に星を見つけることは、難しくなりました。
ですが、そこには今でも、数え切れないほどの星々たちが瞬いているのです。
今日だけは、地上の星たちの明かりを消してもらいましょう。
みなさん、どうか目を閉じてください。そして、夜空の星に思いを寄せてください。そうすればきっと、みなさんの願いが星々たちに届き、この街の夜空を美しく彩ってくれることでしょう」
僕は、壁のスイッチを操作して照明を落とす。
一瞬にして、世界は暗闇に閉ざされた。
「では、どうぞ目を開けて、ごらんください。今夜、午後八時の朝陽市の星空です」
タイミングを計って、恒星球の白色LEDを灯す。
綾乃と詩織が、あっ、という声を漏らした。
そこには、満天の星空が広がっていた。
小さな懐中電灯に照らされた原稿を読む詩織の横顔にも、プラネタリウムから投影された小さな星がいくつも浮かんでいた。
導入部に続いて、主要な惑星や恒星や星座の説明が始まった。
僕は、補助投影機のプロジェクターのスイッチを入れて、綾乃が撮影した天体写真をスライドで表示した。
アマチュアが撮ったものとしては、贔屓目なしに綺麗な写真ばかりだ。
隣を見ると、綾乃がうんうんとうなずいている。
天の川と夏の大三角の解説があって、シナリオは星にまつわる物語に移った。
プロジェクターが、詩織の描いたイラストを映し出す。
暗室の白い壁をカンバスにしたように、繊細で温かみのある色鉛筆のイラストが、その物語を描き出した。
「ずっと昔のことです。天の神様に、織姫という美しい娘がいました。織姫は、その名のとおり機を織るのが上手で、毎日、機を織っていましたが、年ごろになると、神様は『この娘にお似合いの相手はいないものか』と思いました。
そんな神様の耳に、とても真面目で働き者の、彦星という牛飼いがいるという噂が聞こえてきました。
神様が二人を引き合わせると、二人はお互いを好きになり結婚しました」
詩織の朗読は、今日初めて原稿を見たとは思えないほど流麗だった。
彼女が語る七夕の伝説は、書き連ねられた文字に与えた意味を超えて、僕の耳から心に染み渡ってきた。
それは、織姫と彦星の喜びと嘆きそのものであり、厳しくも優しい天の神様の怒りと赦しの再現だった。
「そして七夕の夜、天の川の畔に立った二人の前に、どこからともなくたくさんのカササギが飛んできて、その羽を連ねて、広い天の川を渡る橋をかけてくれました。
こうして二人は、一年に一度の七夕の夜に会うことができるようになりました。
けれど、七夕の夜に雨が降ると、カササギは翼を広げて橋をかけることができません。だから、みなさん、七夕の夜は晴れるようにお祈りをしてあげてください」
スライドが消えて、暗室の壁と天井には、また星空が広がった。
プラネタリウム投影機の駆動系は正確に時を刻み、星空には冬の星座が現われていた。
投影プログラムも、そろそろ終盤だ。
解説シナリオのこの先のパートは、徹夜をして大幅に内容を書き直した部分だった。
それは、不特定の観客に向けて書いたものではなく、僕たち三人のためだけに書いたものだった。
「このように夜空に星座を描く星たちですが、地上からは近くにあるように見えても、実際には気の遠くなるほどの距離を隔てています。織姫ベガが彦星アルタイルに光の速度で呼びかけても、返事をもらえるまでに十八年の歳月が必要なのです」
プロジェクターを通して、ありすのコスモス・シミュレーターが真横からみた夏の大三角を描き出す。
仲良く三つ並んで見えていたベガとアルタイルとデネブが、左右に大きく離れていって、あっというまに三角形は崩れ去る。
視点を地上に戻すと、また綺麗な三角形が浮かび上がった。
「星の生涯は、私たち人間とは比べものにならないくらい長いものですが、永遠に不滅というわけではありません。たとえば、冬の代表的な星座であるオリオン座の主星ベテルギウスは、今から約五万年後には超新星爆発を起こして、消滅するだろうといわれています。
仮に、消滅しなかったとしても、星たちはそれぞれが違う動きをしているので、長い年月が過ぎれば、今の形は変わってしまいます」
コスモス・シミュレーターが、形を変えていくオリオン座を映し出した。
右肩に輝いていた赤い大きな星が消え去り、いくつかの星が上下左右に動いていく。
「これが、今から百万年後のオリオン座の姿です。棍棒を振り上げた狩人の姿ではなく、夜空に羽を広げた鳥の姿のようですね。その頃にはきっと、はくちょう座あるいは、わし座と呼ばれていることでしょう。
恒星の恒とは、変わらないものという意味の漢字ですが、実際には、変わっていくものであり、いつかは失われてしまうものなのです」
プロジェクターの灯が落ちて、再びプラネタリウムが満天の星空を投影する。
「私たちが見上げる星たちは、あるいは私たち自身の姿なのかもしれません。
暗闇の中で、かすかな光を放つ、小さな、とても小さな星たち。ひとつひとつはいつか消え去る運命であり、遠く離れた孤独な存在です。
けれど、星と星を結べば、そこには意味が生まれ、そして物語が紡がれるのです」
感極まったのか、詩織の声が震えだし、やがて涙声になった。
それでも、彼女は朗読を止めなかった。
流れ落ちる涙を拭いもせず、ただひたすら、詩織は語り続けた。
「東の空が、すこしずつ明るくなってきました。もう、夜明けが近い時刻です。私たちを楽しませてくれた星たちも、ひとつ、またひとつと舞台をおりていきます。
ですが、星たちは消え去ったわけではありません。私たちが見たいと願えば、星たちは、いつでもそこにあるのです。
まもなく、東の空に太陽が昇ってきます。どんな人にも、分け隔てなくふりそそぐ暖かな日差しの中で、また新しい一日が始まります。
最後まで残っていた星が、今、朝の光の中に隠れていきました。
これで、私たちの星めぐりのお話は、おしまいです」




