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あの日、星空の下で -Star Observation Society-  作者: TOM-F
Sign10 ライブラ・スターグローブ
28/36

α Lib


 いくつかの台風が通り過ぎて、その合間に田園の稲穂が刈り取られ、カレンダーは十月になった。

 白のリボンが華やかに揺れていた教室は、ブレザーの落ち着いたネイビーに塗り替えられた。


 朝陽北高校の文化祭である陽北祭が催される時期がきても、天文研究部の活動自粛は解かれなかった。

 それが、事実上の廃部を意味していることを、僕は理解しはじめていた。


 綾乃は、相変わらず精力的に動き回っていた。

 放送部の番組で溌剌とした声を聞いたこともあったし、有名な写真雑誌のコンテストで作品を入選させたこともあった。卒業式で答辞を読む代表に、教職員会議の満場一致で選出されたのは、つい先日のことだ。

 

 ありすからは、様子を尋ねるメールがときおり届いていた。

 詩織のことを心配しながら、プラネタリウムの完成と投影を心待ちにしているのが、その文面から読み取れた。


『進学先は朝陽北高校にします。天文研究部にも入りたいです』


 そう言ってくれる可愛らしい後輩の誕生にも、僕は素直に喜びを表せなかった。


 僕はといえば、多くの三年生と同じように、受験のための学習スケジュールをたんたんとこなすだけの生活を送っていた。

 勉強に行き詰ると、綾乃の部屋に行って教えを受けた。

 けれど、かつてのように綾乃の手作りのお菓子を食べながらお喋りをすることはなくなっていた。


 詩織という一角を失った僕の人間関係は、ばらばらな直線の集まりに過ぎず、その面積を失っていた。




 陽北祭を翌日に控えた金曜日の午後、僕は富士先生とともに、部室の整理をしていた。


 備品リストを片手に機材のたな卸しをしている最中に、僕はずっと開けていなかったロッカーの奥に、埃の積もったダンボール箱があるのを見つけた。


 箱を開いてみると、中からは黒いビニール袋に入った小型の天球儀が出てきた。

 手にとって見ると、星座が描かれたプラスチックの球体の表面には、小さな穴がいくつも空けられているのがわかった。

 それが手造りのプラネタリウムだと気づくのに、時間はかからなかった。


 僕たちの前にも、こうしてプラネタリウムを作った先輩たちがいたのだ。

 彼らは、何を思い、何を映そうとしてこれを作ったのか。

 詩織や綾乃、それにありすの顔が浮かんできて、僕の胸が熱くなった。


 天球儀の架台の部分に貼り付けられたシールに、かすれかけた文字でなにかが書き付けられていた。

 指先でそっと埃を払うと、その文字がなんとか読めた。

 昭和五十年代の日付とともに、三つの名前が書かれていた。

 聞いたこともない男子と女子の名前とともに、小田久という名前が読み取れた。


「小田……先生?」


 僕のつぶやきに、富士先生が応えた。


「あら、ほんと。小田先生って、私たちの先輩だったのね」


 肩越しに聞こえた富士先生の声に、僕は後ろを振り返る。

 聞き流せない一言が、僕の耳に残っていた。


「私たちの、ですか?」

「あら、言ってなかったかしら。私、ここの部長だったのよ」


 もちろん、そんなことは初耳だった。


「私が入学したころ、天文研究部は活動していなかったのよ。事情があって、長いこと閉鎖されていたらしいの。私、あの観測ドームに憧れて入学してきたから、それが悔しくてね。当時の地学の先生に頼み込んで顧問を引き受けてもらって、なんとかクラブを復活させたの。それからは、ずっと続いていたんだけどね……」


 微笑を浮かべながらそう語っていた富士先生の表情が、突然のように曇った。

 僕から受取った天球儀の銘板をじっと見つめる目には、険しい色が浮かんでいる。


「小田……小田久。そうよ、そうだわ。どうして気が付かなかったのかしら。私の前の代の部長はオダっていう人だったって、クラブを復活させたときに聞いていたのに。なにか大きな事件があって、それで天文研究部は活動停止になったんだって」


 その言葉に、僕は砥峰山高原で小田先生が漏らしたつぶやきを思い出した。


『こうして夜空を仰ぐことなど、長い間忘れていた……』


 かつてここであった事件が原因で、小田先生はあんなに冷たい態度をとっているのかもしれない。

 けれど、僕はそこに一縷の望みも見出していた。

 僕たちと同じようにプラネタリウムを作っていたのなら、僕たちの気持ちもわかってくれるのではないか。


 僕は、それに賭けてみようと思った。

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