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あの日、星空の下で -Star Observation Society-  作者: TOM-F
Sign07 キャンサー・ウェザーマップ
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α Cnc


 秋の陽北祭にプラネタリウムを作ろう、と言い出した僕に、観月も綾乃も反対しなかった。


 プラネタリウム投影機は、六万個もの星を映し出すことができる家庭用のものが、インターネットのショッピングサイトなら数千円で売られている。

 校則でアルバイトは禁止されているが、いまから節約すれば、小遣いを溜めるだけで間に合うだろう。


 けれど、それでは「自作した」とは言えないと思った。


 投影機もシナリオもナレーションも、なにもないところから自分たちで作り上げてみたかった。

 僕は、インターネットをたどってプラネタリウムの自作方法を探し、アクリル製の半球を加工する方法を見つけだした。そこには、架台の作り方も解説されていた。


 そう語り終えると、綾乃が心配そうに僕の額に手を当てた。


「熱は……ないよね」


 そんな僕たちに、観月は柔らかな笑顔を向けた。


「何個の星を投影するつもりなの?」


 観月の問いに、僕は即答する。


「宇宙にある星を全部」


 観月は困ったような表情で小さくため息を落としたが、綾乃は大きな瞳を輝かせた。


「それって、いくつくらいあるの?」

「銀河系には約二千億個の星があると言われていて、宇宙にはそんな銀河が一千億個くらいあるから……」


 僕の話を最後まで聞かないうちに、綾乃の眉間に皺が寄る。

 その眼差しが一瞬だけ遠くなったあと、その唇からため息が漏れた。


「ねえ、智之ちゃん。兆の上の単位って知ってる?」

「知ってるよ。京だろ」

「じゃあ、その上は?」

「たしか、(がい)じゃなかったかな」

「そこまでいくよ、穴の数。約二百垓個。このアクリル球の表面積がだいたい一万平方センチだから、全部同じ大きさの穴を開けるとしても、一個の直径が十の十八乗分の一.三ミリくらいだね。智之ちゃん、電子顕微鏡でも使ってがんばってみる?」


 幼馴染の超人的な計算能力に頼らなくても、無理だということはわかっていた。


「やめときます。肉眼で確認できる星は六等星までで、その数は全天で八千六百個。だけど、実際には四等星くらいまでが限界だと思うから、それだと九八八個かな」


 活動報告を書き終えた観月は、シャープペンシルのノックを押し込みながら、右手の人差し指の腹を使って芯を丁寧に戻していく。

 芯がすべて収納されると、左手の親指の上でくるくると二回転させてから、ピンク色のビニール製のペンシルケースに収めた。

 それから観月は、すこし潤んだように見える琥珀色の瞳を、まっすぐに僕に向けた。


「星河くん、それ、全部自分でやるつもりなの?」

「うん。そうなると思う」


 綾乃と観月が、顔を見合わせる。二人は小さく頷きあい、綾乃が口を開いた。


「あのね、智之ちゃん。恒星球の製作は、三人で分担しようよ」


 僕の計画では、プラネタリウムの製作は三つのパートに分かれていた。

 投影機本体と解説シナリオは僕が作り、補助投影用の星座にまつわる物語とイラストを観月、天体写真スライドを綾乃に作ってもらうつもりだった。さっきの冗談はともかく、約千個のピンホールを恒星球に穿つ作業は、正直言ってきついと思っていた。

 ピンバイスという、先端に細いドリルが付いた精密ドライバーのような工具がある。これでアクリルを貫通する穴を開けるのだが、実際にやってみると、ひとつ穿孔するだけでもかなり骨の折れる作業だった。

 だから、この申し入れは嬉しい誤算だった。


「でも、綾乃も観月も忙しいだろう。いいのか」

「せっかくだからね。あたしも、スライド用の写真だけじゃつまらないし。やっぱり本体の製作にからみたいよ」


 そして僕たちは、恒星球を二日交代で自宅に持ち帰って、それぞれの担当のフィールドに穴を開けることにした。

 実際にやり始めてみてわかったが、日々の学習スケジュールと受験勉強をこなしつつ製作するには、もとよりこれが限界だった。




 ドリルの先端を星の位置に合わせて、指先に力を込めてピンバイスの本体を時計回りに回転させる。

 白いアクリルの削りかすを出しながら、ドリルは穴を掘り進め、十回ほど回したところで貫通した。

 穴の周囲に残る細かなバリを、サンドペーパーで削り取って平らに仕上げる。


 はくちょう座のアルビレオを穿孔し終えたところで、僕は今日の作業を終わりにした。

 アクリル球の表面に穿孔されたたくさんの穴は、すでにいくつかの星座を描き出している。

 この分だと、九月中に恒星球が完成するかもしれない。


 もうすぐ日付が変わる時刻だったが、僕はコーヒーを淹れてきて、綾乃が差し入れてくれたチョコレートのフィナンシェを頬張った。

 しっとりとした口当たりで、濃厚なバターの風味とともにチョコレートの香りが口に広がった。


 観月と綾乃から恒星球を受取るときには、決まってメッセージカードとともに小さな菓子の包みが添えられていた。

 それは、僕にとって毎日のささやかな楽しみになっていた。


 コーヒーを一口飲んだところで、携帯電話がlivetuneの『Tell Your World』を奏でてメールの着信を知らせた。

 この着信メロディは、ありすからのメールだ。


『勉強と作業は順調ですか。お兄さんたちが、どんなプラネタリウムを作るのか、とても楽しみです。陽北祭の展示、ボクも見に行っていいですか?』


 小さな液晶ディスプレイの向こうから、長い黒髪の人形のような少女が、無表情にこちらを見つめているような気がした。

 僕は、黒曜石のようなありすの瞳を思い出しながら、返信メールを打ち込んだ。


『陽北祭は一般公開されているから、来ても大丈夫だよ。僕たちの作る星空を、ありすもぜひ見てほしい。楽しみに待ってるから』

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