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あの日、星空の下で -Star Observation Society-  作者: TOM-F
Sign06 ジェミニ・プラネタリウム
16/36

α Gem


「陽北祭の展示、どうするの?」


 観月が、活動報告を書きながら、そう言った。

 十月最後の土日に開催される、朝陽北高校文化祭――陽北祭は、僕たち文化系クラブにとっては年に一度の晴れ舞台だ。

 綾乃が、拡大レンズで写真を舐めるように見ながら答えた。


「最後の年だもんね、何か思い出に残ること、したいよね」


 三年生の僕たちは、来年の春には卒業する。陽北祭も、今回が最後になる。

 綾乃が言ったのは、もちろんそのことだ。

 ついでに言うと、僕たち以外に部員がいない天文研究部は、このままでは来年の春で活動停止、自動的に廃部になる。つまり、天文研究部にしても最後の陽北祭になるわけだ。

 だから、思い出に残ることをしたい、という綾乃の言葉はすとんと僕の中に落ちてきた。


 けれど僕は、答えを出しあぐねていた。

 最後の年という言葉が、想像以上の重みでのしかかってきた。


 開け放した窓の外には、しとしとと雨が降っている。

 昼休みまではかろうじて晴れ間も覗いていたが、午後からは重苦しい灰色の雲が低く垂れ込めた梅雨空になっていた。

 水捌けの悪いグランドには、練習をする運動部員の姿もない。

 遠くに霞む田園風景の中を、一台の乗用車が白い水煙を残して走り去る。

 軽音楽部が演奏する、いきものがかりの『プラネタリウム』が、すこしくぐもった音で窓から流れ込んできた。


「どうしようか」と言いかけたところで、部室の鉄扉が軋んだ音をたてながら開いた。


「ったく、重いわね、この扉」


 開口一番に文句を言いながら部室に入ってきたのは、クラブの副顧問である富士先生だ。

 白いブラウスと黒いタイトなスカートに身を包んだ彼女は、僕たち三人を見回してから、綾乃に視線を向けた。


「春日さん、ちょっと……」


 富士先生に呼ばれて、綾乃が席を立つ。

 その姿に、僕はしばし見とれてしまった。


 六月に入ると朝陽北高校の女子生徒たちは、重厚な紺のブレザーから、夏空を思わせるスカイブルーの半袖ワンピースに衣替えをした。

 ウエストを絞り込んだボディコンシャスなデザインで、セーラーカラーとチーフ、腰のリボンとスカートの裾から覗くパニエの白が鮮やかだ。

 県立高校でよくこんなデザインが採用されたものだと思うが、とにもかくにも異彩を放つこの制服は、この時期になると隣の市にある私立女子高校のシンプルな白いワンピースの制服と並んで、地元の新聞やテレビでもてはやされる。

 けれど、実際に着ている女子生徒には、あまり評判は良くなかった。

 観月は、目立つし身体のラインが出るから恥ずかしい、という理由で、綾乃は、着るのも手入れするのも面倒くさい、という理由で、やはりこの制服は気に入っていないらしい。


 分厚い茶色のクラフト封筒を手にした富士先生は、目を細めて綾乃を見つめている。その唇が小さく動いて、グッジョブと言ったように見えた。

 封筒を受け取った綾乃が席の戻ったところで、僕は先ほどの話題を続ける。


「展示は、観月のスケッチと、綾乃の写真にしよう。あとは……」


 どうするの、という表情を同級生と幼馴染が並んで浮かべている。


「もうちょっと、考えさせて」


 僕の答えに、二人が同時にうなずく。彼女たちの長い髪と白いリボンが、揃ってふわりと揺れた。


「ところで、さ……」


 僕は、咳払いをひとつする。

 今月は、天文研究部員にとっては憂鬱な毎日だ。天気が悪いせいもあるが、先日の事件を受けて僕と観月はしばらくの間、夜間の活動を自粛させられていたのだ。

 けれど、窮すれば通じるもので、そんな僕たちにうってつけのイベントが市立科学館で開催されていた。

 僕は、一大決心をして口を開いた。


「プラネタリウムを見に行こうよ」


 綾乃は、鞄にしまいかけた封筒を持ったままで、つぶらな瞳をぱちぱちと二回ほど瞬きさせた。


「市立科学館で、旧式の投影機と、最新鋭の投影機の同時投影をやっているんだ。たぶん、もう二度と見られないと思う。今週末で終わりだから、こんどの日曜日に……」


 観月は、まったく知らん顔で黒点観測用紙を活動報告書に貼り付け、スティック糊の後端をくるくる回して収納したあとで、キャップをかぽんと被せた。


「どう、かなって」


 女の子を初めてデートに誘うときはこんなものかな、と僕は思う。

 無意識に、小さなため息をついていた。

 綾乃が、目を大きく見開いて、うわぁとかなんとか声にならない声を上げたあとで、はっと息を飲んだ。


「ごめん、あたしダメ。その日は、写真部の撮影会があるんだ」


 そう言って、綾乃は悔しそうな視線を観月に投げる。

 左手に持ったシャープペンシルを、親指の上で器用にくるくると二回転させた観月の手許を見た綾乃が、感心したように目を細める。

 活動報告のファイルを閉じた観月が、琥珀色の瞳を僕に向ける。そして、耳をくすぐるようなウイスパーボイスで告げた。


「せっかくだけど、私もだめだわ。日曜日は、ちょっとね」


 覚悟も想定もしていなかったが、絵に書いたような見事な玉砕だった。

 バレンタインデーに綾乃に告白した男の気持ちが、すこしだけわかったような気がした。

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