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あの日、星空の下で -Star Observation Society-  作者: TOM-F
Sign04 アリエス・サンスポット
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β Ari


アリエス(牡羊座)


 黄道十二宮では、一番目に当たる白羊(はくよう)宮である。


 星座は、金色の羊に見立てられている。いちばん目立つ星は「成長した羊の頭」を意味する『ハマル』。


 占星術においては、三月二一日から四月一九日生まれの人が牡羊座になり、その性格は「旺盛」だとされている。


 *


 窓辺の席で『天文ガイド』の頁をめくっていた観月が、腕時計に目をやってから、活動報告のノートを広げた。


 硬式テニス部がラリーを繰り返すパコンパコンという音が、校舎に反射して聞こえてくる。

 そろそろ一斉下校の時刻を知らせるチャイムが鳴ろうかというころになって、部室の金属製のドアが勢い良く開いた。


「ごめん、遅くなった」


 肩口まで伸びた黒髪をなびかせながら部室に入ってきた綾乃は、観月の隣に座ると大きな瞳を輝かせた。


 綾乃が初詣で神様にお願いしたことは、今年も叶えられなかった。朝陽北高のエリートと言われる自然科学コースに進んだ綾乃と、普通科コースの僕とでは、そもそも同じクラスになりようがなかった。


 活動報告書に黒点観測の記録用紙を貼り付けながら、観月がささやくように言った。


「揃ったわよ、星河くん」


 うん、とうなずいてから、僕は口を開く。


「今年度の活動計画を、決めなくちゃいけないんだ」


 僕の言葉に、綾乃がうんざりしたように答える。


「どこも同じか。今日、三回目だよ。それで、たたき台とかはあるの?」

「ええ。それなら……」


 観月は、活動報告書を閉じて、鞄から一枚の紙を取り出した。

 左端に小さな穴が並んだルーズリーフには、今年の四月から来年の三月までの活動予定日と、各月の主だった天文現象がまとめられていた。

 綾乃が、感心したようにうなずいた。


「詩織ちゃん、熱心だね。星の好きな智之ちゃんが天文研究部に入ったのは、まあわからないでもないけど、詩織ちゃんは、なんで天文研究部に入ろうと思ったの?」


 観月は小さく首を振る。


「ごめんなさい、それはちょっと……」


 うつむいた観月は、ルーズリーフの活動計画を、学校指定の届出用紙に書き写していく。

 その様子を見ていた綾乃は、小さく背伸びをしながら言った。


「気になるけど、いいや。……まあ、詩織ちゃんも、ちょっと変わったとこ、ありそうだからね」


 それは、ほんとうに何気ない言葉だった。けれど、観月の反応は思いがけないものだった。

 観月は、びくっと身体を震わせると、慌ててシャープペンシルを右手に持ち替えた。そして、顔を伏せたままの彼女の口から、とぎれとぎれの声がした。


「私、変かな、……やっぱり」

「えっ……」


 綾乃が、何を言われたのかわからない、という風に目を丸くする。


「詩織ちゃん、どうしたの?」


 問いかける綾乃に見向きもせずに、観月は、ぼそぼそと言葉をつなげる。


「変だよね……。髪や目の色も、こんなだし。私、人と違うから目立っちゃう。嫌だな、この手も……」


 たしかに、観月の赤みがかった髪と琥珀色の瞳は、人目を引く特徴だった。けれど、それは他の女子生徒と少し違う、という以上のものではないように思えた。


 綾乃が、どうなってるの、と眼差しで僕に問いかける。

 僕にも、どうしていいのかなんてわからなかった。そして、二年近くも傍にいながら、観月のことを何も知らない自分に対して、このとき初めて無性に腹が立った。

 泣いているようにも見える観月に、綾乃は取り繕うように声をかけた。


「あのね、詩織ちゃん。そういう意味で言ったんじゃないんだよ。智之ちゃんみたいなヤツと二人きりで、よく二年も部活できたなって思ったから聞いてみただけだよ。だって、智之ちゃんって、鈍感で野暮で頼りないじゃない。だから、ね」


 どうにかしなさいよ、とでも言いたげな綾乃の視線に急き立てられて、僕も口を開いた。


「ひどいな、綾乃。そこまで言わなくても。あ、でも観月はしっかりしているから、僕なんかとでもやっていけるのかも……」


 この場の雰囲気を、どうにかして変えたかった。

 けれど、そんな間の抜けた言葉しか思いつかなかった。内心の動揺を隠しながら無難なセリフを言うようなことは、僕には無理な注文だったのだ。

 自分の手に視線を落としていた観月は、肩で息をしたあと、搾り出すような声で答えた。


「ごめんなさい、星河くん、春日さん。……今日は、先に帰るわ」


 観月が、鞄を掴んで席を立つ。

 うつむいたままで部室を出て行く彼女の後姿を、僕は黙って見送るしかできなかった。


 ――ああ、そういえば。


 僕は、かつて、これと同じようなシーンがあったことを、ようやく思い出した。

 僕の胸が、ちくりと痛む。どうして、忘れてしまっていたのだろう。

 それは、僕たちが朝陽北高に入学して間もないころ、つまり今から二年前の春のことだった。

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