フジの山
富士山。私の世界、私の国にある日本一の山。日本中に知られ、学校の古典の授業で士に富む山が語源だと、物語の親とまで言われる竹取物語にも名が出てくる。他にも説があって、不死の薬を焼いたから不死の山とか、かつては絶え間なく煙を噴き上げていたから不尽の山だとか。伊勢物語には東下りで主人公在原業平が歌を詠んでいた。時の帝と人外の美しい姫との悲恋。多くの人が歌を詠み絵を描き登山した、人の心を惹き付けてやまない霊峰。
異世界にも同じ名前の山があるなんて。
「あら?名前を知らなかったの?フジっていうのよ、あの山」
宿屋で今後のことを話している時に初めて、最終目的地である山の名前を知った。
「私の世界にも、同じ名前の山が……。住む国の、霊峰でした」
「奇妙ね。もしかしたら何か繋がっている?」
「偶然だろう。ホヅミが山に登っている時にユージェルに来たわけでもあるまい?」
カイに一蹴されてその話はそこで終わった。明日はいよいよ登山。
「明日、帰るからね……お母さん」
穂積は粗末な布団に潜り込むと、ぽつりと呟いた。
山の麓には兵士が立っていた。カイの顔を見ると敬礼して道を開ける。そのまましばらく行くと、不自然に木の生えてない一角。
「私以外が通ろうとすると元の道へと戻る仕組みになっている。ホヅミ、サラ」
カイに続いて穂積が箱をしっかり握り締めて前に進む。その後をサラが着いていく。
「きゃっ!?」
後ろを振り返ると、サラが反対方向を向いて立っていた。
「サラ女史、貴女はここで待っていろ。ここから必要なのは俺とホヅミだけだ」
「いいえ、そんな訳にはいきません! ホヅミは悪女の生まれ変わりなのでしょう? カイさんに危害を加えるかもしれません! いくら貴方がプロだからって、二人きりなんてさせられません! 何が起こるか分かったものじゃないわ!」
いつになく必死に食いつくサラ。自分を悪く言われているが、自分自身すら信じていない穂積はぼんやりそれを聞いていた。
「それともまさか、見せられない事情があるとでもいうの? そんな事ないでしょう?」
「お前、そんな大声で……分かった。ホヅミ、手を繋いでいろ。人魚の心臓が入った箱は持ったままでな」
カイの言うとおりにすると、あっさり通れた。穂積は一瞬、攻略方法を知っていたなら、何で最初からしなかったのかと思う。が、すぐに自分で否定する。
カイ様にはカイ様のお考えがあるんだ。私なんかが理解しようとするだけ無駄だ。
――そんな事ないよ、ホヅミ――
「はい? サラさん、何か言いました?」
「え? いえ、私は何も」
空耳だったのだろうか。深海へ帰っていったあの人の声がしたと思ったのに。……うん、空耳だ。
「山全部がアイツの身体という訳ではない」
木々を縫うように歩く三人。カイがポツリポツリと語り始めた。
「一番重要な部分が別にある。それはあの……洞窟だ」
カイが指し示す方向には、山の中腹にぽっかり空いた洞窟があった。お互い無言で足を進めていく。
水の滴る音をBGMに黙々と歩く。
「心臓部分、というべきかしら」
「そんなものだ。まあ、俺は魂そのものの在り処だと認識しているが」
「伝説は確か千年前の話だったわね。千年間も。ビアラを待ち続けるなんて、凄い執念ね」
「一途だろう? 並みの人間には真似できまい」
穂積はふと、カイが怪物となった王の肩を持つ発言をしたことに違和感を覚える。
「ええ、一途だわ。周りが見えていないのね」
「そうか? 俺にはお前のほうこそ見えていないように思うがな。……こんなところまで着いてきて」
カイが立ち止まった場所には、山の中だというのにカーテンがかけられていた。カイはそれを引っぺがすように取り去る。
「!!」
「これが……元王……いいえ」
奥にあったのは、一面の氷。その中に、カイとよく似た容姿の男が埋まっている。
「え? え? これは一体……」
「アンタが濡れ衣着せて王位を奪った兄というわけね。そうでしょう?弟君」
事態がよく飲み込めない穂積を、サラは守るように前に立つ。そんな二人にカイは歪んだ笑みを見せた。