愛憎
「にっ人魚! 知能は人と同等で普段は深海に群れで住んでおりそこでは身分制があると言われ一見地上と変わらぬ生活をしているとされしかし地上に住む人間との決定的な違いが」
「サラ女史、口を閉じろ」
ホヅミは避難所に来た小うるさい仲間達にあっさり僕が人魚であることを話した。その程度、だったんだろう。
「……? イーヴァルくん、どうしたの?」
どうしたも何もない。水の属性持ちが人魚に触媒を求めるっていう事は……。
「固体名はイーヴァルというのね」
「あんたの固体名はサラか?」
皮肉で返す。実験動物みたいに言われて嬉しいやつなんていない。
「失礼。ええ、私の名はサラ」
そう言ってジロジロと僕を観察する女史とか呼ばれた女。
「僕を解剖でもするの」
「貴方が許可してくれるなら。……冗談よ。水色の髪、ね。目撃情報と一致するわ。あとは…」
目にも留まらぬ速さで足にさっきのお茶の残りをかけられる。と、みるみるうちに足がヒレにかわる。
「うわっ!?」
「イーヴァルくん!」
「ヒレに…。定説では魚と融合した時に未知の物質により身体が魚と交じり合ったとされるがこの件で最も謎とされるのが乾くと人間の足になるという」
ぶっかけた本人は興奮しながら早口で何かをまくし立てている。一種の変人で間違いない。
「解決したな」
長い銀髪の男がぼやく。
「ホヅミ。お前から言ってやれ。魔王を倒すために、人魚の心臓が必要なんだってな」
驚いた顔をするホヅミ。その反応に嘘はないと分かったが、やっぱり悔しかった。
「……黙っていた訳ではないの。確証が持てなかったから。ウンディーネが直接人魚の生き胆持って来いとか言った訳ではないでしょう?」
あれからホヅミは何度も僕に謝った。知らなかった。無神経な事を聞いたと。でもそれだけで死んでやるわけにはいかない。
「だからって。ごめんなさい、イーヴァルくん。本当にごめんなさい」
「ホヅミ、どこに謝る必要がある。イーヴァル、空の穴から落ちてくるものには海中の住人とて悩みの種だろう? 今ここで少しの犠牲を払うことで、この先永遠に悩まされることはなくなる。いい取引だとは思わないか? 知能があるなら、君のとこにも犯罪者はいるだろう」
暗に罪人からでも心臓を抜き取ればいいだろう、と言っている。臣下達の傀儡の僕でもコレ位のことは分かる。それでも僕は許せなかった。
「ホヅミと話をさせてよ」
その場で一番実権を握っているであろうカイに言う。
「今話せるだろう」
「二人きりで。変なマネなんかしないよ。断るなら触媒の件はなかったことにさせてもらう」
サラが取り成してこの取引は成立した。しかし、カイはどうも納得していないらしい。二人にするために部屋から出て行くとき、憎悪に満ちた目でこっちを見ていた。アイツ、ホヅミに気がある。
「あの……」
「何で?」
ホヅミが何か言うより先に問いかける。
「何であの男に従ってるの?」
「彼が私を呼び出して、私がしなくてはならない事を教えてくれたの。それをしないと、帰れない」
「人がこう言うから? ホヅミって意志薄弱なんだね」
――貴方様は世が世なら押しも押されぬ王子殿下――
――もっと堂々とすべきです――
「あの、あの……」
「人がこうやれっていう事に黙って従ってるのは何で、口があるんだから拒否だって出来るだろ?」
――姉君に王位を取られてはならないのです――
――継承権放棄!? とんでもない、貴方を信じてついてきた者達はどうなるのです――
「それをしないと世界が危ないからって言われて……」
「ハッ、君の世界じゃないだろうに」
「じゃあ……じゃあどうすればよかったの!」
怯えながら喋っていた穂積が突如声を荒げる。
「一人じゃ元の世界へ帰れない! ここには味方なんかいない! 傷の手当はしてくれても、私が殴られないようになんて誰もしてくれない! 私だって殴られたくない! だから、だから」
「……大人しく言う事を聞いて、何も分からないのに心を殺して偉い人の言われるままになって……」
「……? イーヴァルくん? 泣いてるの?」
泣かずにいられない。一目惚れが実は精霊の加護のせいで偽物かもしれなくて、肝心の相手は同胞の命が入用で、そして、悲しいほど、僕に似ていた。