水の精霊
元王の呪い。あの地は時を経て誰も近付けないまでになった。無理に入ろうとすれば死が訪れる。
入れるのは弟の一族のみ。あの元凶の悪女は、異世界に転生したせいで別物と認識され入れない。
無理なく通すためには触媒がいる。
触媒を手に入れるには精霊の加護が必要。
水辺の村、スウォンにその神殿はある。
「寂れているわね。当然かしら。そもそも魔法の衰退っぷりも酷いものだしね」
サラは水の神殿を見てぶつぶつ独り言を言う。考えをまとめる時の癖なのだという。
「伝説の悪女も魔女だったと言われているけれど。でも別伝では魔法は王家にしか使えなかったとあってそれだと……」
「サラ女史、少し黙ってくれないか」
カイは不機嫌な顔を隠そうともせず言う。
「あらごめんなさい。伝説のことになると周りが見えなくなっちゃって」
「言い訳はいい。確か、貴女の学者としての本業はここの研究者と聞いたが」
「そちらも疎かにするつもりはないわ。入り口は……ここよ」
サラが示した場所にはきらきらと輝く球体が浮かんでいた。
「綺麗ですね。サラさん、これは?」
「鍵穴みたいなものだと思うわ。昔、突然変異で水の力が強い子をここまで連れてきたのだけれど、それまで何をしても反応がなかった球体が一瞬だけ強い光を放った。識別されて……外れだったのでしょうね。誰が正解なのかは……」
「私がまずやってみよう」
カイが球体の前に立ち、両手を翳す。すると球体は光を増し…
「ぐぁっ!?」
「なっ!」
「え……」
衝撃波のようなものが出てカイを弾き飛ばした。
「カイさん、お怪我は?」
サラがまず駆け寄って安否を確かめる。
「大事無い。くっ、どうなっているんだ」
「一旦退きましょう、ホヅミも何か感じたようですし」
カイが穂積を見やる。穂積は叱られるのを怖がる子供のようにカイを見ていた。
「ホヅミとともに傷薬を調達してきますわ。行きましょう、ホヅミ」
「あ、はい」
神殿の近くの芝生に座らせ、サラと穂積はスウォン村のほうへ引き返す。そしてしばらく歩いた時
「で、何を聞いたの?」
「……この罰当たり、お前に貸す力はない、と。私のことでしょうか? 私とカイ様を間違えたのでしょうか? どうしよう神殿にも私のせいで入れない……」
「罰当たり、ね。カイが手を翳すとそう言われるってことは……。いいわ、傷薬を買い終えたら、次は貴方が手をかざしてちょうだい」
「で、でも」
「私の考えが正しければ、貴方には何もしないわ。そしてお願い、精霊に何を言われても、カイに本当のことを言うのはやめておきなさい。都合がいいことにカイには何も聞こえなかったようだし」
穂積とサラが歩いている頃、芝生に腰を下ろし適当な木にもたれかかりながら、先ほど打った身体を休めるカイ。流れる雲を見ながら、いつもと違う声でぼやいた。
「俺が罰当たり……? 動けない精霊ごときが」
一つに縛った銀糸の長髪が風に揺れる。
やり直しとして穂積が球体に手を翳す。すると光は強く点滅し、地下への入り口が現れた。
「どうして……カイ様の時には……」
「お前が悪女ビアラの生まれ変わりだからだろう。水の精霊――ウンディーネも責任は果たしてもらいたいらしい」
「とにかく、行きましょう」
どこまでも続くかと思われた階段を降りて、最深部に立つ。荒れ果てたそこには、水の塊がまるで囁きかけるようにふよふよと浮いていた。
「……? えっと」
「ホヅミ! ……近くまで行って、お言葉を拝聴して来なさい。ここに入る事が出来たからには、貴方には聞けるはずよ」
意図を汲んで水の塊の前に立つ。しばらく、水はゆらゆらとしたあと、ふっと消えた。少なくともサラには何も聞こえなかった。
「水属性の貴方に必要なものは、人魚に聞けということでした」
「まあ人魚! 学者でも特別な許可をとらないと調べる事すら許されないという幻の!もともとユージェルの生物ではなく空の穴から落ちた菌が海の中で化学反応を起こして……」
「サラ女史、黙れ。ホヅミ、聞いたのは本当にそれだけか?」
機嫌を損ねると殴られる。サラが来てからはそれも緩和されたけどでも。カイに従う? サラを信じる? ウンディーネは……。
「……異界の人間として生まれたのねって。」
「! ホヅミ……!」
「それで?」
迷わなかったというより、考えるのを諦めた。だって、怪我をするのは痛い。
――ああ、異界の人間として生まれたのね。そして戻ってきて、その身を利用されて哀れな子――
先程まで、他の二人にどう見えたかは知らないが、穂積の目には美しが病みやつれた様な女性が悲しそうに語りかける姿が見えていた。
「……? えっと」
――静かに、今は多くを語れない。いずれにしても、あの山へ行かねば、貴方はどうすることも出来ない。触媒については同じ水を拠り所とするもの、人魚を頼りなさい――
どういうことなんですか?私は悪女なんでしょう?貴女が同情する必要なんてないじゃないですか。それとも何があったんですか、どうして私は呼ばれたんですか。
――ごめんなさい。私は精霊。神ではないの。ただ、出来る限りの事はするわ――
精霊は陽炎のように消えた。そこまで話した穂積は、カイに俺に断りもせずコソコソ会話とはいい度胸だ、と殴られた。
その日は、神秘的な存在であるウンディーネより、少し呆れたようなサラの表情が印象的だった。