嫌われジュリエットの末路
「もうすぐ、フジ……」
火の神殿の雑務も終わり、フジへと向かう理穂、ザカリア、ミリー。王都からは火の神殿は近いが、逆にフジは最も遠い。
そうはいっても、フジの山肌の露出が見える今この時まで何の問題もなく馬車で悠々と来れた一行。順調すぎて、理穂は上手く行き過ぎてないかと感じた。得体の知れない不安が徐々に襲う。
「リホ様?あの、緊張なさってます?」
ボーッとしていたらミリーが不安そうな顔でこちらを見ていた。いけない。年下の女の子にまで心配させるなんて。
「ちょっとね。でも大丈夫」
「……何があっても、ミリーがお守りいたします」
「?ありがとう」
火の神殿以来、ミリーが好意的だ。旅の途中は部屋も一緒、お風呂も一緒、寝るのも一緒と。最初に言ったとおり侍女みたいな事をしてくれる。心苦しい、普通に友達みたいにするんじゃ駄目なの?と一度聞いてみたけれど、顔を真っ赤にして否定された。それにこうする事も仕事のうちですから、とまで。孤児院のためでもあるんじゃあ、無下にもできない……。結局オヒメサマみたいに扱われている。帰ったら駄目人間になりそうで怖い。自分より小さな子に身の回りの世話をさせるってどうなんだろう……。何気なくミリーを見れば、彼女はあくびをしていた。そういえば最近かなりしてるような。
「寝れてないの?私、いびきがうるさかったりしない?」
「いいえ!むしろぐっすり!です。でも確かにリホ様は些細な物音にも起きたりしませんね。ミリーはその点敏感だから」
「うん……?」
そんな会話をしているうちに、フジの目前で馬車は止まる。真上が黒い山。お母さん達は、どんな気持ちで登っていったんだろう。
「ある人間に二人の力を与えます。そうするとその人間の力で山は上へ押し上げられる……それで救世主の仕事は終わりです」
ザカリアがこれからの仕事内容を説明してくれる。そうか、これで最後なんだ。せっかくだから気になる事は何でも聞いておこう。
「ある人間って?」
「話せば途方もなく長くなりますので……まあ、かつて人身御供にされたが、今もなお献身的に世界を思う魔術師とでも。私と僅かに血縁関係がございますが、もうほとんど他人ですね」
「へー……」
今はたまに生まれるミリーやロンみたいな突然変異を除いたら、ザカリアくらいしか魔法使いはいないというのと関係あるのだろうか。でも長くなるって言ってるし……とにかく仕事を終わらせよう。そして、ロンに会いに行こう。山道をひたすら歩く。
「あちらです」
ザカリアが指し示す方向に洞窟はあった。山の中腹くらいにぽっかりと空いたどこか神秘的な雰囲気の洞窟。
「わあ、中は一体どうなって……」
上手く行き過ぎて浮かれていた。一人駆け出して洞窟に先に入ろうとした。
「リホ様!!!危ない!!!!!!」
誰かに突き飛ばされた。地面に顔から突っ込み、一瞬だけ前後不覚になって、ガンガンする頭を抑えて人の気配のするほうを見上げた。
「ミリー……?」
そこには短剣に串刺しにされたミリーが。その血に塗れた剣を持っているのは、私の初恋の人の。
「ロン……?」
どうして。
「曲者!!!!」
ザカリアが魔法を使ってロンが……殺される?そんなのいやだ。
「ザカリアやめて!ロンに攻撃しないで!!」
させてたまるか、私の恩人で好きな人。母の呪いの犠牲者。何も聞かずに死なせたりしたくない。私の声にザカリアは一応は思いとどまってくれたようだった。
「……」
「ロン、何で、私を?ミリーを?オルド様はどうしたの?やっぱり私が救世主だからなの?」
ロンはミリーから剣を引き抜いた。途端に血がどばっと溢れ、ミリーは口からも血を吐いて倒れこむ。慌てて彼女を抱き起こす。剣は腹部を貫いていて、すぐにでも病院へ連れて行かなければならいレベルだ。でも……
「オルド様は生前、救世主が憎いと言っていた。諸悪の根源であるとな。だから第一の部下の俺がお前を殺しに来た。それがオルド様への手向けになろう」
「ハッ。ばか……みたい。死んだ人間に…義理なんか尽くして……」
理穂が何もいえないでいるうちに、ミリーが答えた。
「ミリー!喋っちゃ……」
「ミリーは、死んだ人間に一エーンも、かけたくない。生きてる、子にかけたい。意味、不明すぎ……」
「お前のような薄汚い女に理解されたいとは思っていない。腐った王家に媚を売る売女が」
さっと、理穂の心に影がさす。ミリーが言いたいのは、孤児院の子供達に少しでもお金を渡したいということなのに、ロンは。
「リホ……」
心なしか少し苦しげな響きがあった声。でもその動作は……短剣をゆっくりと上にあげて……振り下ろす準備を……
「主の仇……!今度はお前の母が苦しむ番だ!」
ザカリアが反応するより早かった。ミリーの左手が私の手を握って、私は強く祈った。こんなの嫌だって。そうしたら、温度のない火か、マッチ棒くらいの火、それくらいしか出せなかったミリーが右手を翳したら、火炎放射器みたいだった。炎が噴き出して、ロンを焼いた。
後には、人間の原型をかろうじて留めた黒焦げの何かがそこにあった。
「……ロンとかいったな。自業自得だ」
状況を把握しきれていない私の横にザカリアが並ぶ。これ、私がやったの?これは、ロンであってるの?先程までのロンと自分の中で一致しなくて、ミリーを抱えたまま黒い物体ににじり寄る。
「……ヒュー……コヒュー…………」
呼吸音。まだ、まだ生きてる!
「ロン!ロン!!私、私!ごめんなさい!こんなことするつもりじゃ……」
「オルド……様……いた、でしょ……死ぬまで。貴方に、尽くす人間が……」
近い人間だと思っていた。殺しにくるくらい執着されてると思い上がっていた。違った。彼は私なんか、最初から眼中になかった。
「ロン、ねえ、私だよ、理穂。殺すんでしょう、仇なんでしょう、ここにいるんだよ、ねえ!」
「ああ、まだいたのか……この剣で、お前を、おまえ……を」
最後の力を振り絞り、焦げた手で剣を握ろうとしたロン。文字通り最後の力だったのだろう、握り締めたあと、糸が切れたように彼は呼吸をやめた。
――悲しんでいる暇はない――
呆然とする私にサラマンダーは言った。ああ、そうだ、ミリーを、早く医者へ……
「……いや、このまま行きましょう。今のでミリーは正真正銘の火の申し子一位となりました」
ザカリアは私の言いたい事を察して反対した。でもそれじゃあ……
「リホ、様、いっちゃおうよ……」
当の本人のミリーから言われて、理穂はこのまま続行することにする。ふと、遺体となったロンの手から剣を抜き出す。
「リホ様?それは?」
「私の世界では、怪我したら何で怪我したかとか重要だから……」
今のリホは恐慌状態なのだろうと思い、ザカリアは無暗に制止するのをやめる。水先案内人としての使命がそう判断させた。とにかく先にフジだ。
理穂は洞窟の中をミリーを抱えて歩く。やがて氷の中に住む男の人の前に来て、二人で手を翳して、地鳴りを響かせて山は伸びた。
サラマンダーとザカリアが興奮する中、ミリーが私に耳打ちする。
「リホ様、逃げて、すぐ逃げて……じゃなきゃすぐ帰って」
「え?どうしたの……」
「ザカリアは、危険。リッピも。あいつら、きゅう、せいしゅ、ねらって……」
最後は呼吸と一体化してよく聞き取れない。耳を近付けようとすると、後ろから
「放っておけばいいでしょう。全く、鬱陶しい侍女気取りが」
ザカリアの声。そうだ、彼、癒しの魔法も使えるんじゃ。
「お断りします。言う事を聞かない飼い犬は処分場行きが妥当だ」
「ザカリア……?」
恐怖で重症のミリーに縋るように抱きつく理穂。おかしな行動しか出来ない辺り、理穂の正気はとっくに失われている。
――ザカリア、貴様、何故少女を救おうとしない?――
唯一理性と正気を保った精霊サラマンダーが問いかけるも、第三者がそれを阻害する。
「その女が邪魔だからじゃないの?えいっ!」
第三者はサラマンダーの背後から巧みに手枷を嵌めさせた。すると先程まで活性化していたサラマンダーは見る見るうちにしおれて石になった。
「リッピ!……殿下?」
理穂が反応する。それと同時に不思議に思う。何故ここにリッピが?そしてさっきサラマンダーの手にかけられたあの手枷はまさか。
「最初にリホがいた所が一番フジに近かったんだもん。そりゃあこうなるよ。サラマンダー?ああ、王家の知恵の結晶である手枷を使ってね。これでリホ、帰れないね!」
無邪気に笑うリッピ。理穂は恐怖に怯える。その腕の中、もう呼吸も覚束ないミリーはそれでもリホを守ろうとした。
「……させ、ない。リホは……うっ!がはっ!」
無理に立ち上がろうとして血だまりができるほど吐く。もうミリー自身も理穂も真っ赤だった。
「しぶとい女。ねえザカリア、もしかしなくても、まだリホはアンタの物になってないの?」
「あの女が毎晩邪魔してな。雇われ者の分際で……」
毎晩?毎晩って何の話?
「ひっ……ヒゥ…………ヒー……」
ミリーの呼吸が目に見えて薄くなる。歴代と違って回復させる術をもたない理穂は言葉で繋ぎとめようと、無駄な努力をする。
「駄目だよ!?死んだりしちゃ!泣くからね!私泣くからね!」
「……」
大丈夫だ、と言いたげに彼女は微笑んだ。でも、それが最後だった。
「……死んだ? やったね!これで孤児院の寄付はちゃらに出来るよ!」
「えげつないな男だなリッピ」
「そうでなくて王様になれますかってね。さあ、リホ、おいでよ。無事に義務を終えた本物の救世主の少女。ボクと結婚して。今度こそ王家は尊い血族になるんだ」
「彼女と結婚する資格があるのは、実績のある人間だけだ。その点、私の伯父は死して尚お仕えて、庶民の教本にもなった」
「自分が生まれる前の事まで持ち出して汚い奴。大体それお前の実績じゃないよね。そもそも可愛くなかったらお好きにどうぞとか言っておいて!」
ロンは私が殺した。ミリーも死ぬまでこきつかって死なせた。こんな私が。
どの面下げて元の世界へ帰るの?
言い争いする男達の前で、理穂はロンの短剣を握り締める。
「ロン、貴方の望みを叶えるから……そうしたら、前のようじゃなくていいから、せめて人並みに扱ってほしい」
ミリーが刺された所とほぼ同じ場所、腹の真ん中にずぶりと刺しこむ。
「……リホ!?」
慌ててザカリアが治療を施そうとするが、石となったサラマンダーに妨害される。
――リホの意思を尊重しよう。この姿でも、お前達を妨害するくらいなら可能だ――
ミリーと同じ状況になって、どれだけ苦しんでいたかやっと分かる。ミリー、ありがとう。ロン、今行くから……。
お母さん……。
警察の事情聴取は終わって、秋穂は一人リビングに佇む。自分の時は、間をおかず元の世界に戻れたのに、一ヶ月たっても、理穂は戻らない。悲鳴を聞いていた近所の住民が名乗り出て誘拐事件なったから大事になってしまったが、自分が殺したと思われるよりはマシだろう、多分。
あの時、この世界で苦しんで生きろと呪った。人を呪わば穴二つ。理穂は、私の負債を払ったのだ。
ベルが鳴って、玄関に誰か来たことを告げる。行ってみると、妹の穂香と姪の美穂だ。それを見て秋穂は泣き出した。穂香と美穂は娘を思い出してだろうと解釈したが、違う。
次はこの美穂が呼ばれるのだろう。どうか、何事もありませんように。私の娘が戻らないのなら、せめて姪に悪夢が襲いかかりません様に。




