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眠れない異世界  作者: リック
嫌われジュリエットの末路
32/43

因縁

「……これは……失敗した?」


 茶色の髪でいかにも魔法使いといった風貌の男が魔法陣の前で独り言をぼやく。その魔法陣には煙は出ているもの、中には誰もいない。


「そんなの初めてじゃないですか? だいじょーぶですか、ザカリア様?」


 少し後ろで見ていたらしい少女がそれを見咎める。魔法使い風の男はザカリアというらしい。


「いや、手ごたえはあった。こちらの世界には来てはいるが、ここではないどこかに飛ばされたな。……抵抗した? 何故?」

「ここではないどこかって……だめじゃないですか。治安悪いとこだったらどうするんです?」

「……探す。着いて来い、ミリー。お前の火の力、期待しているぞ」


 ミリーと呼ばれた少女はにっこり笑って歩き出すザカリアに着いて行く。


「うふふやったあ! これで出張費が出ます!」

「……金の亡者め」





「ここは……?」


 母の話は本当だった。手遅れになった状態で本当だと知った、それは悪いと思っている。でも


「魔法陣なんて無いじゃない。それに屋外で、瓦礫ばっかりのこんな寂れた町……いや村? やだ、部屋着で靴下のまんま……」


 こんな状況下なんてあんまりではないか。ちらと周りを見ても、人影はない。専用の従者らしい人などどこにもいない。

 どうしてこうなったか。薄々感づいている。抵抗したからだ。ずっと妄想だと思っていた世界が本物で、お母さんがそこで何かやらかしてる。それに亡くなった祖母や曾祖母も呼ばれていて、いずれも高校生以上だったんだよと聞いたのに、自分はまだ14だ。知らないところに行くには、未熟すぎると自分でも思うのに。

 でも、起きてしまった事を今更悔やんでもどうしようもない。これからどうする? ……衣食住はどうなるんだろう? 人を探して聞こうか? いやそもそもここは安全なところなのか? いい考えが思いつかなくて、その場にへたり込む。

じっとしていると涙が出そうになる。かといって無駄に動いて訳の分からない場所で体力を消耗するなんて怖いし。一人ヤキモキしながら、石垣の崩れたところに腰を下ろして丸まっていると、遠くから人の声がし始める。


「誰……?」


 従者と呼ばれる人だろうか。咄嗟に物陰に隠れて確認してみるが、母いわく容貌は麗しく召還当時は専用の魔法服を着ているということから考えても……。


「違う、あれは全然そんなんじゃない」


 理穂の世界で一番近いのはホームレスと呼ばれる人たちだろう、ボロボロの服、何ヶ月も身体を洗ってなさそうな風貌。近づくたびに臭いが強まる。

 彼らはねぐらをここに決めて昼間はあちこちを歩いているのだろうか、慣れた足で理穂の所までやってくる。思わず逃げようとして、小石を蹴って音を立ててしまう。


「そこにいるのは誰だ?」

「んん? 女か? そんな匂いがするな」

「こんな所に来る女、ですか……」


 心臓がぎゅっとする。気づいた時には駆け出していた。


「待て!!」


 こわいこわいこわいこわいこわい。どうしてこんな目に合わなきゃいけないの。好きでこんなところ来たんじゃない。地震か何かで全滅したらしい町の中を駆ける。しかし、道は悪いし出口がどこか分からない。追ってくる連中との距離がどんどん縮まる。


「いや!! 誰か――――!!!!」


 無我夢中で走っていると、何者かとぶつかる。仲間か、と怯える暇もなくぶつかった男が理穂を後ろに守るように手で追いやる。


「何の騒ぎだ」

「これは……ロン隊長!」


 ホームレスのような連中は、ぶつかった男をロンと呼び、理穂の時と違いどこか怯えたようになる。このロンとか言う人は、偉い人に違いない。理穂は呼び名と態度で悟る。


「い、いや、俺らのねぐらに女が来たものだから……」

「で? 一斉に追ったと? そんな形相で。女が怯えるのも当然だ。大方どこかの迷子か……捨てられたかだろう。まさか俺達の主人の境遇を知らないとは言うまい?」

「も、もちろん……」

「なら行け」


 やり取りが終わり追ってきた連中が去った後、ロンと理穂の目が合う。理穂はしばしうっとりとしたが、自分が部屋着のままである事を思い出し、慌てて目をそらす。ロンは不思議そうに理穂を見つめて声をかける。


「お前、名は?」


 名乗るより先に名乗らせるのはロンにとっておかしな事ではない。この界隈でロンはちょっとした有名人であるからだ。


「り、理穂」


 少女はリホと名乗った。襲われかけた後だからだろうか、恥ずかしがっているのが妙にロンの心をくすぐる。自分より何十センチも小さく、一体これまで何を食べていたのか、か細い少女。この少女は自分が面倒を見なくてはならない、何故か強くそう思う。今まで主人に助けられていたロンの初めての庇護欲だった。


「そうか。俺はロン。オルド殿下の第一の部下にして火の精霊の申し子、火炎将軍ロンとは俺のことだ」


 普段ならこんな長々しく自己紹介などしない。ただ、可愛い少女を前にかっこつけてみたかっただけだ。


「ええっと……はい、初めまして、ロンさん」


 ちょっと戸惑った後、リホは挨拶を返す。まあ、有名人に会ったらこんなものか。それよりもリホの処遇だ。


「お前、捨てられたんだろう。……隠すことも恥じる必要もない。ここはそんな人間達の溜まり場だし、今は王家さえも実子を捨てようとする腐った世の中だ」

「えっと、はい」


 彼女は戸惑いながら俺の言う事に答える。そのうぶな反応にますます守ってやらねばと思わされる。


「俺達の所に来い。一般人並みとはいかないが、それなりに生活は保障する」

 その言葉を聞いたリホがほろりと涙を流す。女の涙なんて生まれて初めて見た俺はびっくりするやら戸惑うやらで優しい言葉の一つも返せない。


「ありが……ありがとう……。私、もう終わりかと……」


 しゃっくりあげて泣くリホにいいから来い!と引っ張るように住処に案内する。細いが、柔らかい腕に胸が高鳴る。それを隠すようにいささか乱暴に連れ歩く。それにしても、俺に女の部下、か。


 俺の主人――オルド様は喜んでくださるだろうか。常々俺の心配をなさっていた、お優しい方。




 何とか夜露は防げますといった風情のあばら家に招待される。が、理穂にとって立派かどうかなんてどうでもいい。野宿か襲われるか死ぬかといった三択しかなかったのだから。優しい人に会えて住む所まで与えてくれて……そっけないように見えて優しくて気遣ってくれる人で……。そこまで考えて理穂の頬が熱くなる。


「あの人が従者……ってことはないんだろうなあ。でも、ロンだったら良かったのに。そうしたら、しばらくは一緒に、合法的にいられたのになあ」


 さんづけはいらない、呼び捨てでいいと言われてロン呼びとなった。男の人を呼び捨てにするのは初めてです、と思わず言ったら、彼は真っ赤になって知るか慣れろと言った。お世話になる身で無神経だったかと後悔していたら、そういう事情なら、呼ぶのは俺だけでいい。勘違いするなよ!? これからオルド様の仲間としてやっていくために訓練の一環として云々……。という訳で、彼だけを名前呼びするようになった。これからも。


「ロン……」


 そう口に出したものの、恥ずかしさに耐え切れなくなって部屋の中でのた打ち回る。理穂は恋をしていた。異世界で自分をピンチから救ってくれた、そっけないように見えてとても優しい、ロンという男の人に。


「リホ、オルド様から面会の許可を……何をしている?」


 床ローリングしていた理穂とロンの目が合う。


「何でもないです。何でもないですから。行きましょう」

「あ? ああ……(きっと情緒不安定なんだな。捨てられたばっかだし。やはり俺が見ててやらねば)」



 オルド殿下と呼ばれるからには、おそらく王族。王族というからには……と期待していた理穂だが、それはあっさり破られた。

 でっぷりと太った体。お世辞にも優れているとはいえない容貌。無意識に落ち込んでいる自分を感じて、理穂は自分を恥じた。勝手に期待して、期待通りじゃないからと見下すのは最低だ。


「オルド様、この娘が先程お話しました……」

「ふむ。リホと言ったか?」

「は、はい」


 さすがに話す言葉や話し方、振る舞いにはただ人ではないと思わせるものがあった。殿下呼びされているのに、こんなボロ屋の一室にいるからには、何か深い訳があるのだろうが、それは話してもらう時と待つとしよう。お世話になる身で何でも知りたいとは図々しいというものだ。


「そうか、ロンがついに女とな。目出度いではないか。全くお前を拾った時は赤子だったというのに」


 オルド様の話からロンが捨て子? で拾ったのはオルド様自身だと分かった。どこか主人に心酔する感じがあるのはそのせいだったのか。


「私も成長します。というか、リホとはそのような関係ではありません。リホも捨てられたばかりで戸惑っているので……」

「そうか。ちとからかいが過ぎたな。ああ、籍を置くのを認めよう。この屋敷は自由に使うといい。ロンが認めたなら世も安心だ」



 所変わって夕刻。理穂とロンは調理場で人数分の夕飯を作っていた。


「オルド様ってお優しい方ですね。私みたいな正体の知れない女でも置いてくださるなんて」


 じゃがいもとよく似た野菜の皮をむきながら、横で鍋の火加減を見ているロンとおしゃべりする。


「そうだろう? あの方は第一王位継承者だからな。器が広くていらっしゃる。俺も得体の知れない捨て子だったからとやかく言われたが、その度にあの方は庇ってくださって。あの方がいなければ、今の俺はないな」


 オルドの話をする時のロンは、楽しくて仕方ない、嬉しくてしょうがないと言うように冗長になる。会話のきっかけにオルドの話をしてみたが、余りに反応がよくて少し焼ける。そして理不尽だと自分で反省する。それにしてもオルドという男。


「オルド様が次の王様なの? あれ? じゃあここ、王宮?」


 自分の世界の常識で図ってはいけない、そう思うが、王様というには余りにもお粗末でずっと疑問だったのだ。


「……あの方は、気の毒な方なんだ」


 声のトーンが違う。オルドの出生には何か暗いものがあるらしい。


「父は現王。母は異世界からの来訪者。この世の誰よりも神秘的なお生まれであらせられるのに。王は何をとち狂ったか、若い側室を迎えて、その子が男児を産むとその息子を次の王とすると宣言した。気の毒に、罪人を扱うようにして王宮から追いやられて、こんなところで再起を狙っておられる。本当なら今頃玉座に座っているのはあの方だというのに……」


 理穂が野菜を床に落としてしまう。ロンはそれを話の残酷さを怖がったからだと解釈したが、当然そんなものではない。



 異世界からの来訪者? 子供を産んだ? じゃあ、オルド様は、ロンの敬愛する主人は、私の母の呪いの犠牲者だ……。

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