不安
「お母さんね、人を殺した事あるのよ」
また始まった。私、鈴木理穂の母、秋穂は少しおかしい人だ。不思議ちゃん……って歳でもないな。電波かな……。とにかく私が二桁の年齢になった時からしょっちゅうおかしなことを言って娘の私を困らせる。かれこれ四年くらい、唐突に電波発言が出てくる毎日。でも今は夕飯なんですけど。ご飯食べてる時は勘弁してよね、もう。あともう怯える歳でもありませんから。
「へー、どうやって。刺殺? 絞殺? 撲殺?」
慣れたもので、私もこうやって軽口で返すくらいには成長した。最初は何事かと怖がってばかりだったけど、もう14だもの。
「置き去りの刑。異世界に一緒に行って、その子だけ置いて帰ったのよ。私しか連れて帰れなかったのに。親も知り合いもいないで、死ぬまで苦労したと思うわ」
「……」
へー、お母さん異世界に行けたんだ。しかも連れて帰れるのが自分だけって凄いな。偉い人だったの? 選ばれた存在(笑)とか? ……14の娘がいる年齢にもなってやめてよね。
「ごちそうさま」
「理穂! 話はまだ終わってないわよ!」
聞きたくないんだって。お母さんの話を鵜呑みにしたら私まで電波になるじゃない。私は普通なの! 妙な事してクラスから浮くなんて絶対いやなの! 未だに同窓会に絶対行かないお母さんとは違うの!
「いつかあなたも光に呼ばれるわ! その時はあの子の子孫に……」
返事はドアのバタン! って音。もういや。おばさんの厨二病ってなんていうの? 巻き込まないでくれればどうもしないのに。他人だったら笑って終わりなのに。深い溜息を吐いて勉強机に向かうと、見覚えのない本と紙が置いてあった。
「卒業アルバム? お母さんの? こっちは……何これ、行方不明者の張り紙じゃない」
お母さんの仕業なのはすぐに分かった。でも今まで私の部屋に入ってまでなんかするのはなかったのに。……本格的にやばくなったら、穂香叔母さんにでも相談しようかな。
とりあえずまず、勉強するのに邪魔になるから片付けようとするけど、数十年前のアルバムに心惹かれて無意識にページをめくる。すぐにお母さんの名前が見つかった。
「……あれ? 一人枠外になってる。死んだ人かな……?」
苗字は難しくて読めないけど、その子の名前は未央というらしい。華やかな美人だった。と、卒業アルバムで気づいた点はこのくらいで、あとは古いなー昔っぽいなー程度の感想しかない。そしてもう一つの置き土産。
「『娘を探しています』 ね。えーと」
凍りついた。だって、張り紙に書かれていた名は、先程の枠外の美少女。
『○○年×月□日。△△高校からの帰り道で行方不明。当時は高校の制服を着ており、鞄は黒の……』
日付を見る限り、お母さんが在籍中の出来事だ。
――お母さんね、人を殺した事あるのよ――
絶対に同窓会に行こうとしない、それどころか案内の手紙を何か怖いもののように破り捨てる。シュレッダーよりも細かくして。私はそれを友達もいない学生時代だったからだと思っていた。
頭がガンガンする。緊張で息が荒くなる。怖がっている自分に気づいた私は、深呼吸して頭を冷やすために窓を開けた。
「え」
そいつはいつからいたのだろう。丸い発光体が空中に浮かんでいた。異世界の話はお母さんから何度も聞いてる、当然来る時には必ず発光体が現れることも耳たこ。ただ、それは高校生以上になってからのはずでは……?
動揺する私。発光体は今になって私が見ていたことに気づいたのか、幽霊のように近づいてきた。
「ひっ!!」
慌てて窓を閉めて家の奥に避難する。でもそれぐらいでどうにかなるような物ではない。そいつは窓をあっさりすり抜けて私を付け回す。
怖い。お母さんは神秘的に感じたかと言ったけど、今の私にはストーカーにしか感じられない。異界の血縁者を追ってくるなんて、どう考えてもおかしいよ。とにかく逃げなきゃ。今異世界に行ってどうするって言うの。ましてお母さんが遺恨を残した世界とか絶対嫌だ。
自室のドアを閉めた際にきっちり鍵をしたのを思い出す。何であんなことしたんだろう、手が震えて上手く開けられない。そうこうしている間にやつは音もなく徐々に近づいてくる。……開いた!
「助けてお母さん!! 行きたくないよーー!!!」
後に近所の人がこれを聞きつけて、理穂の失踪は事件に巻き込まれたものとして考えられた。




