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眠れない異世界  作者: リック
首の番する偽姫
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魔法という名の呪い

 嘘だと思った。目の前で人が死んだ。その時に人間がどう反応するかは完全に人によると思うけど、私、秋穂(あきほ)の場合は現実逃避に走ってしまうらしい。


 これは悪い夢だ。いつも通りの日常で、いつも通りの帰り道で、突然異世界にクラスメートと呼ばれて、救世主はどちらかと言われ、本物は自分なのに、クラスメートに偽物と貶められた。それで唯一自分を信じてくれたちょっとかっこいい少年が、最後まで私に謝りながら……



「首だけになったなんて、嘘だ……」



 降りしきる雨の中、広場にたった一人、秋穂は首だけとなったファラダを抱きしめていた。見る人が見れば処刑される罪人を放っておくとは無用心な、といわれる光景だ。


「へ~。出入り口は全て完全封鎖してるの。じゃあ別に放っておいてもいいんじゃないですかぁ? あの子、私に酷い嫌がらせばかりしてきたけど、頭が悪かったから今まで助かったんですよ~。逃亡なんてできっこないです!」


 遠くで未央がそう言ってるのが聞こえた気がする。身体を押さえていた兵士達もどこかへ行ってしまい、広場に一人、残される。


 これからどうなるんだろう。一番偉そうな人は未央を信じきっている。未央は私を嫌っている。少年であるファラダをあっさり殺すほどに。逃げる? どこに? どうやって。土地勘なんかない。戸籍もないし知識もない。私は


「ここで、死ぬしかないんだ……。ファラダ、ごめんなさい。ごめんなさい。こんな事になるなら、死に物狂いであの女に、殿下とかいう男に立ち向かえばよかった。こんなに、こんなにあっさり、自分の国民を……なんて思わなかったの」


 どうしてこうなったのか分からない。どうして私はこんな所にいるんだろう。訳も分からず、死ぬしかないのだろうか。


 あの女の思い通りに。


「……いや! ファラダにこんなことして、絶対、絶対許すものか!」


 私を本物と言い続けて死んだファラダ。その気持ちに答えたい。なら生きなくては。しかし、どうやって逃げる? 入り口も、逃げた後のことも。それを考えて涙が溢れる。高校二年、十六年と少し生きただけの少女に、権力と立ち向かう知恵を期待するのは難しい。秋穂は堪えられずに首をだきしめたまま地面に突っ伏す。


「うっ……うぅっ……。……しい、悔しい」


 ふと、ファラダの首を見つめる。いまだ切り口から血は流れてはいるが、そこを見ないようにすれば、まるで生きて今にも話しかけてきそうに見えた。秋穂は知らず知らずに話しかけていた。まるで神々しいものを扱うようにして。


「ファラダ……ファラダ。貴方はもうここにはいないの? 父は私の母に仕えたと聞くけれど、同じように私に仕えることはもうないの?ファラダ……


お願い、逝かないで!首だけでもいい!私を導いて!」




 死を待つばかりの少女の狂った願い。叶ったのはここがユージェルという異世界であったからだろう。






「ああ、アキホ様、貴方は、まだここにおいでか……。全身が酷く濡れている。こんな姿を貴女の母君が知ったら、きっと悲しむでしょうに…」



 首が、喋った。いいや、ファラダが喋った。


「……ファラダ? 生きて……いるの?」


 縋るような秋穂の問いかけに、首だけでファラダは答える。


「いえ……厳密には死んでいます。生きているように見えるのは、私自身の魔力と、貴女の魔力で強制的に魂を定着させることができたから……。アキホ様、貴女はかつてない魔力をお持ちです。先代を超えている。陰風(いんぷう)を防いだどころか逆風を吹かせて戻すなんて聞いた事もない」


 喋ってる、少なくとも意思の疎通は出来る。秋穂はそれが嬉しくて堪らない。とはいえ喜びを押さえて神妙にファラダの言葉を聞く。聞きなれない単語は何だろうか。


「いんぷう?」

「あの世から吹く風です。通常、人の魂はこれに乗って死後の世界へ旅立ちます。風属性だとは感じていましたが……。ともかく、普通は操ることなど不可能なその風を操り、私を此処へ戻した。私の先祖の魂を専門とする魔法使いも、それだけは操れないと言っていたものを」


 秋穂には魔法を使ったという自覚はない。魔法はテレビのリモコン操作やパソコン操作みたいに、ボタンを押せば画面がすぐ映るというような実感のあるものではないから。それとも天才と呼ばれる人は出来ない人の気持ちが分からないとよく言うが、これもある種のそういうものなのだろうか?


「そういえばアキホ様、周りに人がいないようですが、これは?」


 ファラダが聞いてくる。そうだ、これは、きっと神様が私にくれた最初で最後のチャンス。絶対に逃せない。


「貴方を処刑して油断している。見張りなしで私はここへ置いていかれた。ただ、出入り口はどこも封鎖されている」

「把握しました。……こういう時のために、あの悪霊は王家の影となった。利用する日はないと思っていたが、こうなっては……本当に、殿下に話さなくて良かった」

「?」

「アキホ様、抜け道を使いましょう。そして、私が指示することを守って欲しいのです」


 絶望の中で、一筋の光が見えた。生きていける。


「了解です! 私、貴方がいないと何もできないですから! この世界のことも知らないし……」


 ファラダは悲しそうな顔をした。秋穂は何か無神経だったかと口を閉じる。




「西の壁沿いに植えられた木。三番目の木から壁沿いに歩いて二十歩。目を凝らさないと見逃してしまうような凹凸……そこを勢いよく押してください」

「ええと、これを……こう?」


 秋穂が手に抱いた首の指示に従いながら壁を押す。すると、隠し入り口が姿を現した。


「中は小部屋になっており、必要なものは全て揃っています。それらを鞄に詰めてもらえますか?私では……」


 何も手伝えない。それはあまり頭のよくない秋穂でもよく分かる。


「何を言ってるんですか! 私はこれでも救世主様なんですよ! やらせてください」


 小部屋はお世辞にも綺麗とは言えなかったが、非常食やナイフ、旅の服。靴。これから必要になるものが全て揃っていて、秋穂を興奮させた。


「嬉しい! もう死ぬしかないって一時は思っていたのに。神様ありがとう!ファラダ、ありがとう!!」


 手早く詰めて、着替え、再びファラダを抱えて、その指示に従いまた別の通路を使って、王城の外へ出る。


「出れた……? 脱出成功! 出し抜いてやった!」

「気を抜いてはいけません。名はまだ現王のもとにありますが、実は息子……リピトが握っているのですから」


 そしてそのリピトを操っているのは……ぞっとして秋穂は一刻も早く離れようと走る。


「公道は使えません。王都内ではすぐ分かってしまう。風の申し子はこの際後回しにして、今は風の精霊のお力をお借りしましょう。風の神殿は、東へしばらく歩きますが……」

「若いから大丈夫! 獣道? それが何よ!」


 秋穂は歩く、恐怖を忘れるように。



 夕方の少し前に召還。夕方中にファラダの処刑。そして今は夜の森の中を決死の逃亡。秋穂の頭はとっくに着いていけていない。ただ、死にたくないという本能だけが秋穂を動かしていた。

 荒れた山道をランプを持って歩く。ファラダは念のため鞄に入ってもらう。万が一人目に着いたらアキホにあらぬ疑いがかかる、とファラダ自身が懇願したからだ。

 目指すは風――シルフの神殿。秋穂は救世主三代目にあたり、先代、先々代の貯金もあるからそれで助けてもらう。



 悪路をひたすら歩いていく。視界が悪い夜にそんな道を歩くのは精神的にも肉体的にもつらい事だが、昼間では人目についてしまう。つらくても夜歩くしかないのだ。それでも脅威が王宮からの追っ手だけなら、そう心配する事ではなかった。



 少し前から自分以外の気配に気づいた。獣ではない。靴で草を踏みしめる音が数人いる。後をつけられてる?引き離すように歩いても、そいつらは等間隔で追ってくる。


異世界、夜の山道、女一人。


「ファラダ……」

「魔法を……いやそれはまずい、私を定着させるのに使っている。アキホ様、もしも……」


 鞄の中のファラダと小声で会話する。傍からは独り言に見えるだろう。しばらくひそひそと話す声が続き、終わった時、彼女は走り出した。


「追え!!」


 山賊だ。身なりに構わない男達の群れが秋穂を一斉に襲う。少女は必死に走ったが、地の利は山賊にあった。ものの数分であっさり捕らえられ、地面に押さえつけられる。


「離して! 離せ!!」


 秋穂が死に物狂いで抵抗したが、三人がかりで、しかも体格の勝る男達から押さえられては手も足も出ない。山賊達は火打石のようなもので持っていた松明に火をつけ、秋穂を値踏みする。


「王城のほうから逃げてきたにしちゃあ、よくねえな」

「大方、召使でも下女のやつが逃げ出してきたんですよ。ひょろいし見目も普通で……二束三文にもならねえや」

「でも、久しぶりの女ですぜ、アニキ!」


 ひとさらい?人買い?私はここで――


「そうだな。まあ夜に山道使って逃げてくる女だから期待は出来ねえが……」

「じゃあオレからでいいっすか!?」

「阿呆が。頭領が先に決まってるだろう」


 最も体格のいい男が秋穂に圧し掛かる。何をされるか察した秋穂は、さっき感謝した神を呪った。


――そのお方に近寄るな――


「誰だっ!?」


 三人の山賊達が行為を中断して一斉に振り返るが、松明をどこに照らしても、人影は見えない。


「空耳……いや確かに……」


――そのお方こそ本物であらせられる、貴様らが近寄っていい身分の方ではない!――


「お、おい! 女がさっき落とした鞄の中からするぞ!」


 山賊の一人がこわごわと中を開ける。勢いよくそれは飛び出してきた。


「ひいっ! 生首!?」


 転がってきたのは人の頭部だった。勿論、体はない。その事態に腰を抜かした男もいたが、気丈な一人が近寄って確かめる。秋穂を押さえつける頭領らしき男は注意深く様子を見ている。


「ハハッ……お、驚かせやがって。玩具に決まってるだろうよ。こんなもん。王城だったら良質な細工のもあるだろうさ」


 手下は首を持ち上げ、怖いことを隠すように多弁になる。そんな手下では埒があかないと思ったのか、頭領が手下を手招きして言う。


「それ、こっちによこせ」

「アニキ、へい!」


 手下の一人が頭領に首を投げつける。頭領は見るからに卑しい服装と品性の男だが、それを本物か偽物見分ける目は持っていたらしい。


「コロシか。それで逃げてきたのか」

「……」


 死んだ魚のような目で秋穂は山賊の頭領を見る。女を襲う人間なんかに話すことがあるものか。


「まあ、だから何だって話だな。……そういえば罪人は初めてかもしれねえな。どおれ…………うぎゃあああああああ!?」


 髪の部分を鷲掴んだ状態で首を手に持ったまま、秋穂に乱暴しようとした頭領が悲鳴をあげる。首だ、首に指を噛み千切られた。慌てて首を振り落とす頭領に、手下も慌て始める。元々臆病な性質だったのだろう、最初に腰を抜かした手下は失禁していた。


「近寄るなと言ったはずだ。下衆どもが」


 地面に落ちてから、ぺっ、と千切った指を吐き出すファラダ。その目は夜の闇の中で爛々と輝いている。魔法を使う直前なのかもしれない。


「ひっひいいいいい!!!生首が、生きて、喋ってええええ!?」

「化け物だ! 先代救世主が退治して以来こなかった化け物が!!」

「な……な……」


 動揺する山賊達。秋穂は隙を見て抜け出せないかと機会を窺う。


「離れろ、今すぐその方から離れろ。さもないと末代まで貴様らを呪うぞ――冗談ではなく、私には千年もの間、世界にしがみついた悪霊の血が流れているのだからな!!」


 山賊達がファラダの言葉に怯む。今だ。秋穂は軽く目を閉じて強く念じる。すると、竜巻のような風が辺りを襲う。不思議なことに秋穂とファラダには影響は全くなく、山賊達だけが狼狽していた。


「ひぎゃあああああああ!!!!!!」 「本物だ!!!逃げろ!!!」 「くそ、撤収だ!!!!」


 山賊達のみがその場を離れ、秋穂と首のファラダが残る。


「よか……った……」


 秋穂が無事なのを確認したファラダから生気が失われていく。それを見た秋穂は慌てて駆け寄り、呪文を唱え始める。


『ファラダ、ファラダ。そこにいるの?』

『……ああ、アキホ様、今代の救世主。こんな目にあって、お母上が知ったら胸が張り裂けてしまうでしょうに!』


 呪文らしい呪文ではない。ただ、首を前に生前の名を繰り返し呼びかける。魔力の強い秋穂はそれだけで首の意識、いや魂をこちらに呼び戻せる。陰風とやらを操って。そして魂を戻されたファラダは水の癒しの力、土の保存の力、火の活性化させる力、風を操り流されないように自分で定着、それらを自力で行って腐敗防止、会話可能な状況維持に努めている。


「アキホ様……申し訳ありません。謝っても、謝っても許されることではないのでしょうが。無能な殿下と悪女にしてやられ、首だけとなった今ではこの状態を維持するのに精一杯で……こんな目にあっても、貴方様を助けることもできないとは。部下失格です。申し訳ありません、申し訳……」


 真下で謝り続ける首を、秋穂は何ともいえない気持ちで見ていた。首だけにされてそれでも生きるように強制されて。謝られているのに、責められている気持ちにしかならなかった。涙を零すと、首はまた謝ってきた。

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