闇の神殿にて
山越えをしてようやく着いた闇の神殿は賑わっていた。近くに市までたっている。
「闇の神殿には着いたけど、どこにいけばいいのかな、これ」
「精霊球が鎮座する場所まで行きましょう。あれが鍵となっています」
精霊関連のことはミトか翁に。そして市井のことはロッテに。
「……ちょっとぶっそうな輩が多いな。チホ様、スリなどにお気をつけ下さい。今のあたしじゃ、口しか出せなくて」
スカーフを巻いてその下にはポンチョのような服を着ているロッテは、一見すると手はおしとやかに前にやっているように見える。これまで、すれ違う旅人などに不躾な視線を散々浴びた一行は、ロッテの特徴をなるべく分からないようにしようと決めた。
「うん、ありがとう。じゃ、ちょっと失礼」
それなりにリハビリをしても、ロッテの足取りは重い。そもそもリハビリ期間が充分ではなかったし、訓練も適切なものだったのかと言われると、千穂には自信がない。生還しただけでもそれなりに技術はあると思うが。とにかく、人混みによろけるロッテの背を軽く支え、先導するミトについていきながら精霊球まで歩く。
「すごく……多いです」
ここでは精霊球は信仰の対象なのか、数多くの信者が拝み伏している。「今は足はいいから手の指を…」 「憎いアイツに…」 「あの女に天罰を…」
物騒な声の中を掻き分けて行くしかないのだろうか。ミトを見ると申し訳なさそうにしている。……仕方ない、これも救世主の仕事だ。
人々の間を縫うように前に出て、手を掲げる。「何だあの女」 「ってか邪魔なんだけど」 「電波か?」
屈辱に耐えてしばらく掲げていると、地鳴りとともに地下への扉が開く。
おおおおおおおおおおお!!!!
途端に歓声が沸き起こる。「もしや救世主!?」 「巫女様かもしれん!」 「神の御使いか!」
先程とは百八十度言ってる事を変えて信者達が称え始める。千穂は「ケッ」という気分だ。後ろを振り返ってミト、ロッテ、翁に目で合図を送り地下へ足を進める。
何を勘違いしたのか我も我もと信者達は続こうとしたが、しんがりの翁が入ったと同時に入り口が消える。それを見て「これぞ救世主のなせる業」 と感心する者もいれば、「ケチくさい対応しやがって何様だ」 と逆恨みする者と様々だった。
地下の奥深くには黒い霧が集まったような何かが浮いていた。
――来てくれたのか。どうも――
その場で千穂だけがその声を受け取る。
――外の奴ら、鬱陶しかったか? 悪いな。でもオレ様が何かしたわけでもないのに、あいつら勝手に集まりやがる。魔法と精霊の力は似てるし干渉し合ってるけど、基本別物だっての――
随分軽い…気さくな精霊のようだ、闇の精霊、ダークは。
――やつの封印も消えたし、触媒探しは必要ない。ご苦労だったな。後はオレ様ごとフジにいくだけだ――
「え!? ダーク様も!?」
――何驚いてるんだ? 当然だろう。お前を元の世界へ帰らせるのにも精霊の力が必要なんだぜ。ああ、帰りは一人で帰れるから心配するな――
「は、はい。分かりました」
――オレ様は黒い石に変化するから、それをフジまで持って行ってくれ。じゃあな――
黒い霧が徐々に集束したかと思うと、一つの黒い石となり、それはふよふよと浮いたまま静かに千穂のところまで移動し、千穂が手を伸ばすとその手の平へそっと落ちた。そして千穂の手に触れたそれはもう一度光ると首飾りへと変化する。
「チホ様。もしやその石は」
「ミトの考えてる通りだと思うよ。ダーク様。石に宿って着いてきてくださるそうなの」
「ふむう。サラ女史の残した記録と若干違いがあるが……呪いが解けたからかの」
「……」
千穂は首飾りをかける。と、ロッテが「出来れば服の中に」 と助言する。そういや精霊の性質からいっても実際の外の様子からしても治安が悪かったと思い、言うとおりにする。
「……よし、じゃあ、行きましょうか。次で最後ですよね」
「参りましょう、フジへ」
再び地上へ行く時、ミトが前を歩く。やがて地上に着くと、観衆が集まっており大声で出迎えた。
「救世主よ!」
「これで世界が救われる!」
「穴もなくなる!」
「今年は豊作だ!」
「生まれる子は男に違いない!」
最後はもう私と関係ないじゃんと言いたくなる様な事まで言っている。
「……基本、民衆は都合のいい事実しか受け取りません」
ミトが悲しげに呟いた。それは悪霊に苦しめられてきたから言えるんだろうか。
「静まりなさい! お前達の言う通り、私達は救世主とその従者である。私達は今からフジに向かう。少しでも早く世界を良くしたいと思うなら、道を空けなさい!」
こう言ってはなんだけど、ミトは美しいが、女性的な美しさで、はっきり言って威厳がない。威厳がないとどうなるか。すぐ舐められる。民衆の歓声は止まなかった。
「やっぱり救世主なんですね!」
「はやく世界救ってくださいよ!まだですか?」
「やっぱり死んで世界救うんですか?」
最後の声に千穂の表情が凍る。死ぬって……。
「そのようなことが有る筈ないだろう! このお方はユージェルを良くするのが目的で精霊から呼ばれている。精霊の力を高めるのは彼女とその一族にしかできない。そして役目を終えられたら元の世界へ戻られる。早く道を空けないか!」
ミトが大声で周囲に言うが、同じ目的の集団は往々にして身勝手になるものだ。
「元の世界へ帰るってなんだよ」
「自分だけ天の国へ帰るってずるいじゃないですか」
「闇の魔術だって何かと引き換えなのに」
「特別待遇されてるんだから死んで一気に世界救うくらいしろよ」
「そのための異世界人じゃないのかよ」
「大体何だよ、あの従者偉そうに。つーかもしかして俺らを騙してた一族の……」
辺りが不穏な空気に満ちた時だった。
――あーあー、やだねー。オレ様だって力の無駄遣いは控えたいってのに全く。ちょっと失礼するぜ――
強い光。千穂は目が眩んでしばらく何も見えない。目を閉じている間、悲鳴や絶叫が聞こえるが争いの音はしない。何よりおそらくダーク様のした事だから大丈夫なはず、と信じて目が慣れるまで待つ。
その時。一瞬、焦点の合わない目でその姿を見た。
「おか……!?」
が、すぐにその人影は消えてしまった。
「うう……さすがのあたしも目が眩んで……。チホ様? 丘がどうかしました? ダークが丘でも出したんですか?」
「ダーク様と呼ばないか、ロッテ。失礼だぞ。しかし、何はともあれ、歩きやすくなって大助かりです」
「むう。年寄りに先程の光はきついのう。……チホ殿?」
ボーッとする千穂。ロッテが声をかけてようやく正気に返る。
「あ、うん。心配させてごめんなさい。うん、確かにダーク様よ。さて信者もいなくなったし、早くフジに行きましょう」
誰もいなくなった神殿を軽やかに移動する。いよいよ、最後だ。




