昔話
あの夜の暗殺犯のこと。
ロッテの今後。
これからの旅の予定変更について。
まず暗殺犯の名前はグロ・ソーディレン。あの村でロッテに石を投げつけた悪ガキの片っぽの親。あの日、村から私達が去った後、息子とその友人がお互いに石を投げ合ってる現場を見て動揺。正気に返った息子達に「灰だらけと魔女が仕向けた」と言われ、暗殺を決意。元から沸点が低い男でしたとロッテ談。「気づかれずにやれば大丈夫。万一ばれてもあの灰だらけだから」何が『だから』 なのか。病室で事件の経過を語るミトに対してやり場ない怒りをぶつける私にロッテは「あたし、戸籍がないから」と笑った。最下層って、最下層って分からないよ。
ロッテの今後。腕がなくても救世主活動に支障はない?結論、ない。そもそもフジ山で最後腕をかかでるのもほとんどポーズにすぎないらしい。ちょっとテンション下がる。いや、こんな状況でロマンを求めるなんて不謹慎、不謹慎。
これからの旅の予定変更について。「こう言うのも何ですが……ロッテ嬢は腕の損傷でまだよかった。足だったら歩けない」 とにかく旅にロッテを外す訳にはいかない。リーゼルの逗留がまた伸びた。腕がなくてもまともに歩けるようになるまでリハビリ。……こうなるまで、知らなかった。歩くって腕のバランスも使って歩くものだったって。
ロッテはリハビリの最中、一度も愚痴を言わなかった。いじらしくて食事や風呂の世話を私一人で引き受けてしまう。そうすると彼女はとても嬉しそうな顔をするのだ。まあ、そのへんの子より上手いとは自分でも思う。ボランティアで色々やってたし。
ミトはそれを見るたび複雑そうにしていた。ロッテはそれを肌で感じ、千穂がいない時は進んで話しかけようともしない。千穂は雰囲気で察し、これまでと違って少し遠慮がちにしていた。ロッテはびくついたが、あえてそれに触れない。
「ロッテと仲がよろしいのですね」
リーゼルの宿屋の部屋。ロッテが寝入った後、ミトはなんともいえない顔で千穂を見る。
「だって、こんなに尽くしてくれる子、私は他に知らない」
「……分かっています、ロッテ以外の少女なら祝福できた」
「え?」
「私も、決して安泰な立場ではないのです。先代のせいで王家の不興を買い、母サラのとりなしで組織の維持と血筋は守られ……いえ終わる事を許されませんでした。それもこれもユージェルのためですが。私は王家の籠の鳥なのです。餌を減らして圧迫することくらいは簡単です」
「先代に何があったの……?」
聞かないでいた事を聞いた。もう日和見は許されない気がした。
「先代までは人間じゃありませんでした。魂にまつわる魔法に精通した古代の男が、一人の女に妄執して千年間子孫に取り付いて生き延びた。それほどの力がありながら世界を救う事より女を手に入れる事を選んだ。異世界にまで行った女を有り余る魔力で呼び戻し、そして最後は化け物らしく精霊達から天罰を受けて滅びました。巻き込まれ続けたその女は」
「私の、母?」
「はい」
辺りが沈黙で包まれる。
「軽蔑しますか。そんな男の子孫である私を。母も言っていました。こんな事になってホヅミには会わせる顔がないと。母は先代救世主に尽くした聖女とまで巷で言われましたが、それがよりによって救世主を貶めた男と婚姻した。父は最期まで五歳児くらいの知能しか持てなかったというのに」
ミトがロッテを認めたがらない理由が少しだけ分かった気がする。自分が家族にコンプレックスを抱いているからだ。
「聞いてないんだ」
「は?」
千穂の言葉に思わず無礼な返事になってしまったミト。
「母から何も聞いていないの。だから、恨みようがない。それに、済んでしまったことをいつまでも言うのって、私嫌いだな。……あ、ロッテに庇ってもらった私が言うべきじゃないかな?」
「あ、いいえ」
「じゃあ、母のことは終わり! 私は母じゃないし、あなたも先代とは違う」
そう、全然違う。まさかあの母がそんな劇的な人生だったなんて。でも、そんなことはどうでもいい。……どうでも、いい。
「貴女は、いつもそうだ。いつだって、私の欲しい言葉をくれる」
と、何だか急に周りの空気が甘くなる。そしてそれが、嫌な事ではない。
「恨まれても仕方ないと思っていました。それだけの事を父はしたのだから。でも実際に会った、血族の貴女は明るく、優しく、美しい」
「ミト、さん」
後から思うと、吊り橋効果だったのかもしれない。恐怖体験したし、異世界召還なんて事自体がハードといわれればハードだろうし。
「好きです。貴女が好きです。この気持ちが迷惑なら、一言も答えないでください。今の私は自分の気持ちを律する事ができない」
「迷惑なんて事……ないよ」
ロッテが医者のもとへ送られた後、一晩中泣き喚いていた自分を見ても好きだと言ってくれるの、嬉しすぎる。それになんだかんだでこの世界に来てからお世話になりっぱなしで、どうしたって情が湧いてしまう。
「それは、その、そういう意味で受け取っても……?」
「どういう意味でもいいよ。ミトさんの好きに受け取ってくれて。それが私の答え」
二人して赤くなって、どちらからともなく近づき、唇を合わせた。
あの世界で一番幸せな瞬間だった。
ロッテが起きていたことも知らないで。
それからお互い照れを隠すように旅の話をし始めた。
「えっと。そうそう、救世主の立場ってどうなってるの? 仕える立場のあなたがそういう事情なら、むしろ私、都合のいい労働者としてもっと軽くあしらわれても可笑しくないような」
途端にミトは、怯える少年から救世主に仕える従者の顔になった。いつもなら何とも思わないその動作に、今日の千穂は胸を高鳴らせる。
「明日、ポーキス山に登ります。そうしたら見えるでしょう。千年以上、この世界を悩ませ続けている空の穴が」




