闇の魔力
ボロを纏っているし、全身薄汚れている。それでもその少女の天性の美しさは隠せなかった。
「……前によく来たおじいさん? あたしに用なの?」
容貌とは裏腹に灰だらけと呼ばれた少女の口調は荒っぽい。とにかく口調は無視するとして、彼女は翁と面識があったようだ。
「ああ。すまないがご主人、この子をしばらくの間借りてもよろしいかな?」
「ふーん」
男は翁をニヤニヤ笑いながら見ている。それを見た翁は言いたいことを察し、懐からまた金を出して渡す。
「ちょっとちょっと、人の娘をしばらく預けようっていうのにこれだけってないでしょうよ」
男は少女の前に立ちふさがるようにして言った。翁は再び懐に手を伸ばし、渡す。
「ま、妥当かね。そんじゃ行って来い、灰だらけ」
「……うん」
恐らく真っ当なことで呼び出されたのではないと思っているのか、少女の目は暗く淀んでいた。しかし翁に連れられて千穂とミトの二人に引き合わされると、流石に少し驚いたようだった。
「じいさん、アンタ変な趣味の人?」
「学者は変人でなければ勤まらんよ。……とまあ、冗談はさておき、この方達がお前の主となる、まず女性からチホ殿、男性がミト殿じゃ」
「ふーん……若い銀髪の男に黒目黒髪のどこか異邦人っぽい女か。まるで流れのやつが言ってた救世主方みたい」
ジロジロと値踏みするように見た少女がそう言って、実感なかったけど一応それくらいにはなってるんだ、と千穂は思う。知らない人間が自分を良い方に噂しているのか、と考えて少し頬が熱くなる。
「控えよ女。この方と私は正真正銘の救世主とその従者。お前などに不躾な目で見られるいわれはない」
救世主というのは常に王者の威厳を保っていなければならないとでも思っているのか、ミトが少女を牽制する。
「ミトさん、そんな言い方よくないですよ」
慌てて千穂がフォローする。どうもこの世界は貧乏人にやけに冷たいような。もしかしなくてもこれが身分制度ってやつなんだろうか?だから自然に差別染みた発言が飛び出すのか?
「何故です? ……育ちの知れない者にはどちらが主人であるかを先に分からせないといけません」
異世界こえー。小声でそう言われて、今までぬくぬくと衣食住を与えられてきた千穂は、ここに来てやっと異郷の怖さを実感した。平気で人を見下す世界。立場から言ってひっくり返ることはないと信じたい。
「……そういうのよく分かりません。私は、あの子を仲間として接しようと思います。救世主ってそういうものじゃないんですか?」
それだけ言い捨てて、ミトから離れて汚れきった少女へと向かう。今の千穂には無性にあの子が哀れに思えて仕方ないのだ。
「初めまして。私、救世主って呼ばれることもある、千穂っていうの。あなたのお名前は?」
少女の目が驚愕で開かれる。先ほどは冗談半分で言ったようだった。それから急にもじもじし出す。
「名前? 名前……。ああ、よく灰だらけって呼ばれてるよ。あとは、4番地の下の娘かなあ」
これはどういうことか。名前がない?10かそこらの娘に名前がないって。ふと翁を見ると、バツが悪そうにこちらを見ていた。ああうん、これが最下層ってことか。
「そうなの。でもこれからは名前がないと不便ね。うーん……ロッテ。あなたの名前はロッテ。ダメかな?」
「え、あ、別に、だめじゃない。金は貰ってるんだから、好きにすればいい」
そう言って少女――ロッテはそっぽを向いた。興味ありませんという顔をしていても、千穂には生まれて初めて名前をつけられ呼ばれ、くすぐったくしてるロッテの不器用な心が分かった。
「あ、そうだ。ってか、何であたし? 救世主様がわざわざ訪ねて来るような身分じゃないのに」
これは翁が代表して答えた。
「英雄の条件とはなんじゃろうな。物語でよくあるのは、生まれが異常。血統。別な世界からの来訪者。……自分がどれに当てはまっているのかは、分かっておろう?」
暗に資格があると言いたいのは分かる。別な世界からの、これが私、千穂で。血統はミトさんなんだろうな。生まれが異常?武蔵坊弁慶なんかは18ヶ月母親のお腹にいて、生まれた時には3歳児くらいで髪も歯も生えてたっていうのは聞いたことがあるけど。まさかこの条件はないだろう。
「……!」
ロッテが怯んだ表情を見せる。え、何だろう。……翁さん、もしかしてどっかに地雷ありました?
「チホ殿の属性は闇。……もう分かったであろう」
「むかつくほど分かった。もうアンタは喋んないで」
「貴様、仮にも目上の地位あるお方に……」
「ミトさん、ほら、分かってもらえたなら行きましょう!」
翁に会って、闇の申し子を見つけて……。あとは闇の神殿に行ってその後、フジに向かうだけ。仲間内の空気は最悪だけど、とにかく元の世界へ帰りたいから贅沢言わない。そう、これでもう半分の行程を終えたんだ……そう思った時だった。
コツン
千穂の身体に何か当たった。初めは気のせいかと思った。しかし直後にロッテに消しゴムほどの石が投当たる。
「う……つっ……!」
ロッテの腕から血が出る。石の飛んできた方向を見ると、少年二人がニヤニヤ笑いながら石を持っていた。もし人違いだったら、そうためらっている間にその少年二人が再び石を投げてきたので確信に変わる。
「ちょっと! 君達なにやってるの!」
どんな理由があっても人に石を投げるなんてとんでもない。とはいっても場所が場所で世界が世界だから、自信を持って止める事ができない。間違ってるのは自分ではないか? この思いは常に千穂を苛む。
「んだよ、邪魔すんなよオバハン!」
「そいつに石あたったら1エーンって賭けしてるんだー。オレ上手いからさっき当てたんだぜ!」
「あっ自慢すんじゃねーよ! ならオレは二回当てっからな! それっ!」
私達がいるのに少年、いやもはや悪ガキ達は構うことなく石を投げる。投げる。
「馬鹿でー! 外しやがった。そういやジジイとかすかした男やガイジンくさい女は……あの汚れ女と話してたし、いくらでもぶつけていいな! 死にぞこないのジジイは0エーンだからな! 的の価値がねえや」
「お前こそ馬鹿だろ、よそ者は面倒? なんだぜ。汚れ女に絞れよ。あっでっかい石あったーっと♪」
酷い。言葉が喋れて、意思があるなら人権があるはずなのに。心が暗く落ち込むのと同時に怒りが千穂を襲う。
「むっこれは……」
「チホ様、貴女様は既に魔を操る事が……」
事を荒立てるのを危惧して翁とミトは止められない。それは理解できる。でも今はどうしても、高ぶる気持ちを抑えられない。
「そう、面白い遊びねえ。でもそれだったら、もっと賭けに適した存在がお互いの目の前にいるじゃない、どうしてそうしないの?」
すぐに言い返されると思っていた。汚くて年端も行かない少年達に理屈など通じない、それは分かっていた。
「的……」
「お互い……」
なのに千穂に問われた少年達は急に静かになり、目から光を失いながらぶつぶつ言っている。
「そうよ、ロッテに石を投げるくらいならお互いに投げるのよ、血が出るまでね。そうしなさい、さあ!」
弾かれたように、少年達はお互いに向き直り、石をお互いに投げ始めた。顔に当たっても腕に当たっても、少年達は無心で投げ続けている。
「……!」
ロッテはその様子を見ていた。いつも自分を見れば鬱憤解消に石を投げてくる近所の悪ガキ達。やめてと言ってもやめてはくれない。友達はいないし、大人はこの村一番のクズの父の娘に味方なんかしない。それどころか、前に石をぶつけている自分の息子を見てその親は「俺の息子は狩猟者に向いているな、そら、右に逃げるぞ!」 と囃し立てた。荒んでいるが元来大人しい気質のロッテは、それを見て初めて抵抗らしい抵抗――当たって落ちた石を投げ返すということをした。すると少年達は当たってもいない石で骨折したと騒ぎ出し、ロッテはさっきまで囃し立てていた親にぶん殴られた。悪ガキは盛大に笑った。――もう石をぶつけられるくらい何でもない。殴られるよりマシなんだから。そう諦めていたのに。
石を投げ続ける悪ガキ達なんか今は目に入らない。生まれて初めて、あたしを助けてくれた、あの綺麗な女性は。
「かみさま……」
恍惚の表情で、ロッテは千穂を見ていた。




