「灰だらけ」
その人物は闇の精霊研究の第一人者で、先日年齢を理由に第一線を退いたものの、知識、研究、いずれも他の追随を許さない優秀な老人らしい。
「私が来るまで絶対話さないと言っていたんですね。私、御眼鏡に適うといいのですけど」
シックな馬車に揺られながら隣のミトと話す千穂。移動がこんなにゴージャスで大丈夫なのかと柔らかい表現で聞いたが、王家から出ている、それと高名な学者である母の力もある、との事。世界を救う旅がこんなのどかでいいのだろうかと思わなくもないが、自分のRPG脳な価値観で考える事はないと思い直す。
「そういう約束ですから大丈夫です。……いざという時は、無理にでも吐かせます」
それにしても恋愛感情とは便利だ。向こうから勝手に召使になってくれるのだから。とはいっても、それは相手の理想像を崩さない間だけ。
「お爺さんなんでしょう? 怖いこととかは無しですよ」
自慢ではないが、美貌の父に似て自分の容姿は悪くない。と正直にいうとやっかみが激しいから言わないが。気を使うことも多くてプラマイゼロだと思うが、異世界に呼ばれるなんて超常現象に遭遇した時くらいは全力でこの顔を利用したって許されると思う。
「お優しいのですね。こんな私にも」
誘いうけがうざいなあ。聞いて欲しいの? 先代に何があったのって。大方母に何かしたんだろうけど。でも今の距離感が保てなくなりそうな面倒くさくて重い話はごめんですね。スルーするに限る。
「……馬車に揺られてだいぶ経ちますけど、あとどれくらいでお爺さんの家に着きますか?」
「ああ、もうすぐ……見えてきました、あの村です」
のどかな村の中を歩いてまわり、ようやく目的の家に着く。呼び鈴を鳴らすと若い女性が出てきた。
「祖父殿にお伝えください。約束どおり連れてきました、と」
本に埋もれた書斎に通され、千穂とミトは机に座る白い髭をたくわえた男性と向き合う。
「久しぶりじゃのう、ミト殿。そちらのお嬢さんが……」
「今代の救世主となる、チホ様です」
おっとりしているように見えるが、この男性は老人ホームの皆さんとはさすがに違う。向けられる目が異様に厳しい。面接って受けたことないけどこんなんだろうか。世界を救う救世主なんて昨日から散々ミト一人に言われているが、実際なってみるとトイレにも不便を感じるこの世界じゃ。なんとしても気に入られてさっさと聞き出してやることやって帰らないと。
「初めまして、チホといいます」
「初めまして、わしは……翁と呼んでくれ。名前があるほうが不便なことも多くてな」
それはどんな事情なんですか。もしかしなくても地雷ですか。偉い立場のはずなのに仲間に気を使うこと多すぎてやってらんねー! とはおくびにも出さずしおらしい救世主を演じ続ける。
「は、はい。あの、突然の訪問で申し訳ありません。ですが、私達にはあなたの知恵が必要なのです」
「闇の魔力が世界一強い人間でしたな。……他の属性であってくれればと思っていたが」
「え?」
「いや何でもありません。しかしまず、チホさんとやら、この石を持ってくださらんか」
翁から見せられた黒い石。深い輝きから宝石のようにも見える。素手で触っていいんだろうかと思いつつ手に取る。
「えっ何!?」
「チホ様! 大丈夫です、害はありません」
渡された石が急に強い光を放つ。千穂に所持されて嬉しがるかのように。
「うむ、間違いなく本物。試すような真似をしてすまなかった」
「……闇の精霊の加護?」
誰に言われた訳でもないのにそう思った。使い慣れた道具を持ったような、自分の分身のような一部のような。そんな共鳴があった。
「左様。チホ殿はもしかしたら潜在能力は先代に勝るかもしれん。それほど、かつてない魔の力を見た……」
「間違いありません。チホ様は天才です」
困った。実感もなければ自覚もない。テストでいい点取った時は「ヤマが当たったから」ととぼければいいがこれは……。協力な力や才能は嫉妬や畏怖を買う。母の血? まずいミトの地雷。そうです天才なんです! こんな嫌味な女で大丈夫かと翁に思われそうだ。
「あいにく魔法のない世界で生まれ育ったので、目視できなければ使い方も分からないのです。でも、ないと世界を救えないから、あってよかったと思います」
翁がほっとしたように頷いている。謙虚な若い子好きでしょ。
「その者は隣村におってな」
二人乗りの馬車から多人数乗れる馬車に変更して道を走る。翁の言う生まれながらの闇の魔力の持ち主は、実はその人物が生まれた時から分かっていたらしい。
「今まで話せなかったのは、その者がその……最下層の人間だったからじゃ。貧乏で学び舎にも通えず、両親は両親で親であるという自覚もない人間で」
話を聞く限り、相当酷い環境にいるんじゃないだろうか、その闇の申し子さんは、と千穂は思う。
「何だか可哀相……」
「可哀相、ですか?」
一瞬何を言ってるんだミトさんは、と思う。子供は親なんて選べないし、貧乏ってほとんど生まれつきの要素で苦労するなんて、素で同情してしまうのに。
「親の業は、子供の業。血の繋がりとはそういうものでしょう」
「そんなことないです。私の世界では子供が虐待されてたら、専門の機関が助けてくれるます。子供に罪なんてない」
「ほほう、それは興味深いのう」
千穂からそれを聞かされたミトは、ハッとした顔をしたあと、また顔を赤くする。母にイジメをしたらしいミトの両親……出てこない父のほう? ……が色々あって立場が逆転して小さい頃から卑屈教育でもされたのかなーと察する千穂。で、普通に接する私は必要以上にいい人に見えるんだろうな、一人納得する。
「子供が不遇だったら助ける、か。貴方の世界は天国のようですな」
翁が羨望の眼差しで千穂を見つめる。確かに文化や教育水準の高い世界から来た。でもそれは私の力じゃないのに、と、千穂はその言葉に複雑な顔で答える。
「そうですね。限りなく天国に近い環境だけど、そこに住むのはやっぱり人間なんですよねー……」
馬車から降りるのが戸惑われた。治安のよくない村とはこういう場所をいうんだな、と千穂は思う。あちこち落書きだらけ。土塀は壊れ、家の一角が崩れている。すれ違う人間も怪しい風体の者ばかり。
「どうか、私の側を離れないで下さい」
言われなくたってそうする。フードを目深に羽織り、ミトに隠れるように歩く。前を見ると、ミトだけでなく老人の翁すら千穂を守るように歩いている。救世主、というよりお姫様のようでちょっとだけ気分を良くする。
「あの家ですじゃ」
少し村の中を歩いただけだが、それでも一番酷い家だ。見た目のボロボロ具合もさることながら、昼間なのに薄暗い。それとも暗いのは闇の魔力のせいだろうか。
「わしが行こう、研究の縁であ……いや父親とは顔見知りだからの」
とは言っても馬車の移動で既に疲れている年寄りから、完全に目が離せる訳がない。千穂とミトは物陰に隠れながら翁と家の様子を窺う。
「ごめんください」
翁が声をあげる。すると、家の奥からいかにも酔っ払ってますという声で返事が返ってくる。これは父親か、それとも闇の申し子か。
「あいよ。って、アンタかい。物好きだねェ」
千鳥足で時間をかけて現れた男は酒のビンを片手に現れた。アルコールの臭気がすごい。さすがにこの人とこれから旅をするのは嫌だなあと思う。
「例の子はいらっしゃいますかな。本日はその子に用があるのですよ」
違ったらしい。ホッとしたものの、ふと、そういえば闇の申し子がいくつで男か女か、そんな事も聞いていなかったを思い出して後悔する。注意力散漫な救世主だと思われないといいけど。
「ああアイツか。いるよ、呼ぶかい?」
「お願い致します」
千穂には見えた。酔っ払い男に翁が金らしきものを握らせるのを。呼ぶだけで金が必要とは。この村の治安の悪さのせいか、男の性根の問題か。
「客だぞ! 灰だらけ!」
蔑称のような名とは裏腹に奥から駆けて来た少女は、灰と埃にまみれていても御伽噺のように美しかった。




