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眠れない異世界  作者: リック
人魚の見た夢
12/43

恋情

「……うぜえなあ。手も足も出ない負け犬の昔話なんか、惨めったらしいだけだろう」


 血を吐きながらゆっくり立ち上がるカイ。いや、カイール。千年前の亡霊。


「それは貴方のほうでなくて?カイ。これで全て説明できたわ。伝説に関する論文で、その存在や矛盾、弟の正義を疑うものは、全て黙殺されてきた。焚書坑儒まがいなことも口伝えにあるけれど、特権でやったわね」


 学者の良心とプライドが刺激される出来事だったのだろう、サラのカイを見る目は今や厳しいものだ。


「全てを白日の下へ晒すわ。嘘がまかり通るなんてあっていいものですか! 貴方のやっていることは逆恨みよ!」

「一方の言い分だけ聞くなんて、学者とは思えないな」

「何ですって」


 ホヅミがカイの前に立つサラを遮るように出る。


「教えて、貴方の側から見た兄との争いの話」

「ホヅミ!」

『……ホヅミ』

「……」




 人はみな、何となく生きてるんだ。或いは、自分が生きてるとも思ってないのかもしれない。俺は、俺が初めて生きていると実感したのは、ビアラと会ってからだった。兄上は処刑場が最初の出会いだと思っていたが、実際は、それより少しだけ早い。



「ふぅ……」


 別に兄上と争いたいわけじゃない。周りがそういうから、そうしないといけないかのように、脅しつけるように言ってくるから、ずっとずっと逆らえなかった。


「溜息つくと、幸せが逃げてくよー?」


 兄上の捜索部隊から隠れるように逃げた森の中、彼女がいた。


「なに、お前」

「あー、すっごく仕立ての良い服! いいところの子? キミ」


 一つか二つ年上くらいで、ちょっと頼りない感じで、色々足りてないような話し方なのに、何故か無礼打ちには出来なかった。


「……」

「分かった! お腹すいてるんだ! はい、これ、この森で取れた果物」

「何で俺がお前からの物なんて食べなきゃいけないんだ」

「私がキミをお腹いっぱいにしたげたいからー。ダメ?」


 身分を知らないからこんな非礼が出来るんだ。もし身分を言ったら……この子は、こんな気さくにしてくれないんだろうか。






「ホヅミ、凄い複雑そうね」

「……何も思い出せません。やっぱり生まれ変わると別人なんですね」





 一般庶民は森で食べ物とってるのか、知らなかった。そうぼやいたら、彼女――ビアラは複雑そうな顔をした。


「いやあ、普通はやっぱりお店で買いますよー? でも今私ちょっと色々大変なんですよー。ここの森は野生動物とか空からの怪物とかで超危険だから、何取ってもタダでいいんですもん。おススメ!」

「……今危険っつったか」

「はい言いましたー」

 言い終わらないうちに獣の咆哮が背後で響いた、


 彼女を連れての森からの脱出劇。途中怪物に出くわしたり、彼女が石投げで後方支援してくれたり、食べられる野草を教えてくれたり。ほうほうの体で森の入り口まで戻った。決して良い思い出ではないのに、千年経ってもあの時間が自分の中で忘れられない。


「あはははは! 貴族様ボロボロー!」

「笑うな! お前のところに弁償要求するぞ!」

「すみませんごめんなさい……こんなことになるとは思わなかったんです」

「あ、いや、むしろお前がいなかったら、あのままじゃ知らぬうちに死んでたかもしれないし」

「本当? 私、貴族様のお役に立てた?」

「そ、その…もちろ」

「貴族様かわいー!」

「お前! かっからかうな!」



 王宮に押し込められて腫れ物扱いで育てられ。ビアラの屈託ない態度は本当に心地よかった。


「家はどこだ。よければ俺が出向いて労をねぎらってやろう。箔がつくぞ」


 瞬間、彼女の顔色が変わる。その時は何故なのか分からなかった。


「や、いいですよー。それより早く帰って従者さんを安心させたげてください! それにきっと、ご両親も心配してると思いますー」

「? ああ、まあ、確かにそれが先だな。だが、俺を心配する両親はいない」


 怪我をしても、病気をしても、医師に命に別状はないと言われればすぐあの人達は去った。優しい言葉を期待するのは、だいぶ昔に諦めた。両親は、あの人達は息子ではなく跡継ぎの生死だけが心配なのだから。


「貴族様も?」

「俺もって」


 一般人にも俺の親みたいな権威主義がいるのだろうか。……んな馬鹿な。


「あ、私も、流行り病で家族がいなくって」


 想定していた意味とは違ったが、一見明るい彼女だからその事実には驚いた。同時にそれなら、と考える。


「後宮にくるか?」


 あの時はそんな深い意味はなかったように思う。ただ、最初期の後宮は両親を失った娘達の保護も兼ねていたから。今は近親の婚姻を和らげる、もしくは王と側近の結びつきを強める意味が強いが。それでも女一人入れるのに苦労はない。


「わあ、見てみたいですー! でも、私みたいな一般人がお邪魔して大丈夫なんでしょうか?」


 根っからの庶民である彼女に意味は正しく伝わらなかったようだ。そのことに焦燥感を覚える。


「そういう意味じゃない。……その、お前は俺は嫌いか?」

「今日一日、いっぱいお世話になったから、大好きです!」


 大好きです。大好きです。正しい意味を伝えるのも忘れ、俺の意識はしばらく飛んだ。



「カイール様! ここにおられたのですね!」


 だから従者の接近にとっさに反応できなかった。


「わー、カイくんカイくん、お迎えだよー?」

「なっ……この無礼者!」


 次期国王と目されてる俺に馴れ馴れしい態度をそこらの娘がして、側近がいい顔しないのは当たり前だ。


「きゃっ!?」


 側近の一人がビアラに平手打ちした。殴られたのは初めてだったのか、ちょこまかとうるさいビアラがしばらくは静かになった。


「お前達止めろ! この娘は森で迷った私を道案内してくれた恩人である、そのように扱え」

「ははっ。……娘、温情に感謝するがいい」


 俺ではなく権力にへつらう部下達だったから、あんな不遜な態度ができたのだろうと、今にして思う。


「カイ…カイール様、貴方は一体……?」

「俺は……」

「娘。我らが気分を害さぬうちに立ち去るのだな。この方は次の国王陛下。お前などが話していい身分の方ではないのだぞ」


 その言葉にビアラの目が驚愕に見開かれた。そして彼女は居住まいを正した後、一礼して去っていった。


「村娘のような下の下の身分とは感心しませんなあ」


 側近の一人がいかにも正論のように言ってくる。うるさい、娘を入内させようとしているお前が言うな。

 そんな反感を覚えた事にハッとする。周りに従順なのが、俺のとりえだったのに……?



「殿下?」

「いや、なんでもない。それより用件はなんだ」

「兄上が見つかりましたよ。近くの村、娘が一人で暮らす家に隠れていたそうです。太陽は二つもいりません。多少強引ですが、さっさと災いの芽は摘むに限ります」





 後の世まで遺恨を残すだろうなと思えるような速さで、兄上の処刑が決まった。


「適当な場所がここしかなかったのだけが気ががりですなあ。穴の下とは。まあ、都合よく星が降ってくる前に片付けるとしましょう」


 魔法使いの誕生。人魚の出没。精霊の活性化。空の穴の功績は大きい。疫病の蔓延、怪物の襲来、星の追突による死傷者。それ以上に不利益が大きい。側近はそう何度も落ちてくるものではないと言っていたが、何故だか今日は胸騒ぎがする。



「準備が出来たようですぞ」


 白い囚人服に身を包み、腕には魔術制御の手枷をはめられた、王族とは思えない姿で兄上が現れる。向かう先は見晴らしのいい屋外にある絞首台。絞首刑となった人間はそれはそれは醜く無様に死んでいくので、兄上の権威を貶め、罪人であると人民に刷り込むにはちょうどいいだろう。見物人は無責任にも死を傍観しに集まってきている。


 見物人から泣き声があがる。この分だと一人のようだが、まるで俺が悪いように言われるのは心外だ。王位継承者が二人いれば、比較して優劣つけてもしあっちが着いたらって余計な波風立てるのは国民のほうだというのに。睨むように泣き声の元へ目を向ける。そこに居たのは


「なぜ、君が……」


 ビアラ。どうしてお前が兄上のために泣くんだ?


 処刑の準備で動けない側近を置いて、ふらふらとビアラの元へ向かう。



「どうして……罪人のためにお前が泣いている」


 違う、次に会ったら優しく接しようと決めていたのに。顔を涙で濡らしたビアラは、嘲笑うかのように言った。


「恋人が死ぬという時に狼狽しない人っているのかなー? いないでしょ」


 ハンマーで頭を殴られたような衝撃が走る。恋人? 誰が? 兄が?


「ねー、お願い。あの人を助けてよぉ、何もしていないじゃない、争いの種になる位なら、身分を捨ててもいいって言ってるのに。ねえ、ねー……」


 縋るような目で兄上を見る。兄上は俺を睨んでいた。あれは、男の目だ。自分のものを盗るなという、獣の目。独占欲に支配された男の目。

 周りの見物人たちは「ビアラったら」 「次期王に……馬鹿なことを」とビアラに同情的だが、火の粉が降りかかるのを恐れて口だけに留めている。助ける気はないようだ。



「俺にも……どうにもならない事がある」


 絞るように言った声。ビアラの目は嘘だ、とでも言いたげだ。


「兄上のことなどどうでもいい。ビアラ、後宮に来い。お前は俺の妻となるんだ」


 兄上すら処刑する側近。妻にすることで既成事実でも作らなければ彼女の命が危ないと思った。彼女は俺を嫌ってはいない、きっと分かってくれる……



「ふざけないで。何なの? 兄に勝てないから、せめて兄の恋人を奪ってやろうって思ったの? 私、そんな女じゃない!」

「ビアラ、ちが……」

「そうだそうだ、兄に劣ってるくせに。優ってるのは後見だけだろ」


 さっきまで日和見だった見物人たちが一斉にビアラの味方をする。どうして


「数日だったけど、兄のほうは遠慮深くて立派だったわね」

「それに比べて弟は何だ、腹違いとはいえ実の兄貴を処刑だってよ」


 違う、違う、あれは側近達が言うから。そうしないと自分が死ぬか兄上が死ぬかの二択だって


「やだねえ、これからどんな世の中になるのか知れたものじゃない」

「後宮だって? 生前の兄を知ってるビアラを妾にして正当性を主張する気なんだろう」

「そっとしといてやればいいのに……扱う魔法といい、やっぱ得体の知れない殿下だわ」


 こいつらは何をわかって言ってるんだ。そもそもどうして突然一斉にこんなこと言い出したんだ?


「静まれ! 静まれ!」


 王族の処刑を躊躇う執行人に脅すか宥めるかして説得していた側近が戻る。


「貴様ら、その口の聞き方、相応の覚悟があってのことだろうな!?」


 その言葉に民衆は一旦戸惑うも、また愚痴愚痴言い始める。


「ほらごらん、こうやって圧力かけるんだよ」

「ここにあの人の処刑を待ってる人なんか一人もいないっつーの」

「やっぱりこの王じゃ駄目かねえ。恐怖政治とか、おおいやだ」


 次期王を前に好き放題言い募る民衆。今は何を言っても無駄とさとったのか、側近は俺に振り返り小声で漏らす。


「ビアラ……でしたかな? 反抗するならその場で切り捨てればいいものを。よりによって民衆の前で懐柔しようとするから、本人共々つけあがった結果がこれですよ。飴をやるより、先に鞭をくれてやらなければ」


 それを聞いた瞬間、天啓にうたれたように感じた。ゆっくりビアラに近づく。


「ビアラ、もう一度言う。俺のもとへ来る気はないか?」

「何度聞かれても同じですよー。貴方の元になんて、死んでもいや」

「分かった」


 絶叫が辺りに響き渡る。見物人達も、まさか自分達の中から先に死人が出るとは思わなかっただろう。帯剣を抜き、俺はビアラを一突きにし、彼女は苦しむことなく絶命した。悲鳴を背景に、訓練を受けておいてよかったと達成感に満たされる。ただ一人、側近だけは落ち着いていた。彼にとって人命などゴミに過ぎないのだろう。そのゴミを愛した俺には、もはや味方に置いておけない存在なのだが、彼がそれを理解することはないだろう。



「さて、そろそろか」


 逃げようとする者、足がすくんで動けない者、それにぶつかって転びまた転ぶ人間が出て……周りは狂乱状態だったが、俺は落ち着いていた。


「ビアラ……? カイール、お前、何をした!?」


 見晴らしがよくなり、そのお陰で俺のした事に気づいた兄上が驚愕の顔でこちらを見ている。


「何って?俺はただ、謀反者を匿った罪人を処罰しただけだよ」


 側近が思い通りに育ってくれて嬉しいといわんばかりに深く頷いている。うぜえ。


「……!! いや、だがそれなら、その魔力は一体」

「ビアラの魂を支配して、次は俺と恋に落ちるよう調整する」


 兄上が信じられないものを見る目で見ているが、かまやしない。それより側近が苦い顔しているのがうざい。そしてビアラが絶命して数十秒、魂が出てくる。


「我が名において命じる……カイール、もしくはその子孫と心身ともに結ばれるまで、この魂は女として生まれ続けなければならない。」


 生きていては兄上とのことが(しがらみ)になるなら、生まれ変わったら解放されるだろう。それまで待つから……。




「カイール、兄として、お前の王位の為に命を捨てることも割り切れたのに。お前は、お前はそれすら……!!」


 民衆から新たな絶叫が起こる。思わず兄上を見ると、その体が見る見るうちに異形のものへと変化していった。魔法封じの手枷。精霊の加護を黒魔法で包んだだけの簡単な物。しかし魔力を持つ人間には絶対に逆らえない。それでも例外はある。あれは外に向かう魔力にしか反応しない。


『ビアラ、ビアラ!!』


 自身を化け物へと変える術。魔法使い――王族の間では禁忌とされてきた。その術を使ってまで。


「ハハッ。兄上は……本当に俺が憎いんだ……そこまで。なら俺だって憎んでやるよ」


 処刑される兄への憐憫、僅かな肉親としての情、それらがこの瞬間消えうせた。


『どけ!カイール!』


 宣言しないでどかせばいいのに。本当兄上は甘ちゃんだなあ、そんなんだから、好きな女を殺されるんだ。巨大な怪物と化した兄になすすべなく吹っ飛ばされながら、俺は兄上を嘲笑っていた。


『ああ、ああ……遅かったか……』


 魔法には色々タイプがある。まず属性から火、水、土、風、光、闇。そこからさらに攻撃、治癒、呪い。特殊なのは呪いで、魔法をかけた張本人にしか解けない。血の濃い繋がりによって、かけた術のことは読めても、兄上には解放するすべはない。なら俺に解いてくれと頼むか? 絶対に解かないが。


『可哀相に……可哀相……。あなたのこれからの人生を、一人の男に支配されるなんて……私が許さない』



 何を思ったか、兄上は鬼門の術を唱え始めた。自身を変化させるのと同じく、禁忌とされた術。それは人間をここではないどこかへ送る術。隣町とかそんなものではない。これをくらった人間は文字通り、この世から消える。そして消えた人間や動物が戻ってきた例はない。


「兄上!? 馬鹿野郎! 何を! うぐっ……」


 吹っ飛ばされた衝撃で血を吐きながら、俺はただ兄上がビアラの魂を鬼門へ送るのを見ていた。


『これで…ビアラは自由……っ……あ、が……えぅ…』


 怪物が徐々に小さくなりながら、地獄から聞こえるような声を発し悶えている。自身にかける魔法の代償は、苦しんで死ぬこと。それすら、今の俺には生温い。


「兄上、よくも……!」


 吼える俺に今まで隠れていた側近が駆け寄る。抱きかかえて急ごしらえの救護室に連れて行かれる。


「ゴフン!……まあ、結果的はよかったのでしょうな。むしろ怪物化までするとは。王位を譲らなかったいい口実になる。ビアラという村娘については……まとめて悪人と悪女として始末しますかな」


 側近がこんな時にも冷静に言う。こいつは、一つだけ見誤った。


「ああ、そうだな、王としてお前のいう通りにしよう。お前の言う事はなかなか参考になった」


 小さな頃から見てきた俺が人を殺そうが、同じくその兄が怪物になって死のうが顔色一つ変えない男がその言葉で破顔する。


「そうですか。ではでは、王宮に戻りましたら一連の騒動は私に任せ、我が娘との婚姻を……」


 切れ味の鋭い刀で口から真っ二つにする。救護室内では医者は動揺し、他の患者は悲鳴をあげた。側近の奴は何が起きたのか分からないまま逝っただろう。せめてもの、俺からの慈悲だ。


「娘ね。今やこの世で最も罪深い人間だな。お前の血を引くのだから。だから俺の計画に利用するのに都合がいい。感謝しろ、娘はちゃんと嫁にしてやるよ。幸せにするかは別問題だがな」



 意外なことに、その娘はしおらしく俺のいう事を聞いた。それどころか政治や交渉能力に長けたその娘は、俺の命令するまま、事のあらましの捏造、そしてその波及に努めてくれた。ついには王を辞する時も一言の文句も出なかった。息子が父に瓜二つに生まれてビアラ、ビアラと言うようになっても。


 別の王家を立ち上げ、俺とその子孫は特別顧問として規制し、ホヅミが来るまで、時を待つこととなる。

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