呪い
前世の自分を殺している。氷づけの男へと顔を向けていたが、その言葉にハッとしてカイのほうへ向き直る。
カイのほうが早かった。手をつかんで引っ張り、自分のほうへ引き寄せる。
「……ひっ」
「ビアラ……この時を千年待っていた。ビアラ」
この人は私の知るカイ様ではない。カイ様はいつも憎憎しげに私を見ていた、こんな風に抱きしめたりしない。でもカイ様の身体を突き飛ばすこともできない。
――ホヅミ――
またあの声がする。彼は深海へ帰っていないのに。ボーッとする穂積の身体をカイの手がまさぐる。意図を理解した時はさすがにうめき声が出たが、暴力じゃないだけマシ、と最近の癖で諦める。
――そうはさせない――
いつぞやの水の神殿の球体に手を翳した時のように、カイの身体が吹っ飛ぶ。
「カイ様!」
『人魚の力か。そうか、水の属性だったのか。……ありがとう、ウンディーネ』
「う……」
サラがよろよろと立ち上がっている。カイはいまだ地に伏せているが、本能的に穂積はサラへ向かった。
「サラさん、サラさん! 助けて怖い……!」
カイの近くでこんなことを言えばどうなるか、分かっていても、口が勝手に言ってしまった。
「そうね、そう言われたら、守ってあげるわ、私は……貴方の世話役なんだから」
「うっ、くっ……このアマ!」
起き上がったカイが穂積めがけて走ってくる。とっさにサラは守るように穂積を抱きしめ、それを離そうとカイはサラを殴り続ける。
「帰れと俺は言ったよな、どこまで邪魔する気だ!たかが学者の分際で!」
「……うるさい! もう人目を気にする必要もないのよ、今度こそ、殴られる前にこの子を守る! 大体ね、あんたこそ暴力男の分際でなんなのよ!」
「サラ、さん……」
――ホヅミ、これでもカイに従うの?――
「やめ……て」
最初はかすれるような声だった。
「ビアラ?」 「ホヅミ?」
「やめてよお!!! 殴られたら痛いじゃない! サラさんを殴るのはやめて! 私は、あなたになんか従わない、誰彼構わず殴るような人なんか信用できない!」
――うん、よく頑張った――
イーヴァルの声がそう言った後、再び衝撃波がカイを襲う。サラにも穂積にも影響のないそれは明確にカイだけを狙い吹き飛ばす。
ここにきて発された穂積の心からの本音を聞いて、サラは嬉しそうに笑い、カイは洞窟の壁にもたれながら苦しそうに顔を歪めた。
『変わらないな。カイール。暴力で絆など築ける訳がない』
「……!」
動揺するカイに謎の声は追い討ちをかける。カイがショックを受けてしばらく動けそうにないのを確認して、サラは
「氷の君、教えて……何があったの。ビアラはどうして異世界に行く羽目になったの。空の穴は、もしかして」
『そうだ、あれは勝手に空いた穴。私ともそこの愚弟とも関係がない。無論、ビアラとも』
自我を取り戻した穂積も問う。
「では、私とカイと貴方の間に何があったんですか」
千年の昔、私は王子だった。王の条件をある程度満たしていたので、次期王だろうと言われていた。ところが母親が病にかかり早くに亡くなり、父王は喪も明けきらぬうちに新しい妻を得た。そして腹違いの弟が、カイールが産まれた。私の亡くなった母には後見はいなかった。自然と次の王位は弟だろうと目された。
なのに、弟は何を考えたか、恵まれた環境にありながらある日私を反逆者とした。
私は己が身を嘆きながら逃亡し、ある場所で美しい村娘――ビアラ――と出会った。指名手配された逃亡者だというのに、ビアラは私を匿ってくれた。私達はいつしか愛し合うようになった。しかし、やがて追っ手に捕まった。
私は血を分けた弟の命により、ろくな裁判もされないまま手近な山の麓で公開処刑になった。目の上のたんこぶが取れる様を見ておこうと、弟は私の処刑の様子を一番いい席で見ていた。そしてそこで泣き崩れる村娘に一目惚れしてしまった。そう、私を偲んで来たビアラだった。弟がビアラに言い寄るのを見て、私は表情を変えた。そこでカイールは二人がどんな関係であるか察したのだろう。
ビアラが既に私のものであったことに腹を立てた弟は、怒りに任せビアラを切り殺した。
弟の気持ちも分からないでもなかった。不遇な兄を世間は判官贔屓でもてはやす。先生が出来の悪い生徒や優秀な生徒にかかりきりで、普通の生徒は放っておかれるのと同じだ。なまじ親がしっかりしていて恵まれているから、不満もろくに漏らせない。自分との事なら、許せた。
だがビアラは違う。ビアラが弟に何をした。平静を失い怒鳴り声をあげる私に弟は言った。
「ビアラの魂を支配して、次は俺と恋に落ちるよう調整する」
空に穴が空いたのは実際には遠い昔。穴が空いた直後、近くの村では突然変異で魔法が使える人間が生まれるようになった。人々はその子らを神の使いとして崇め……そう、これが王族の成り立ち。
王族だから魔法が使えるのでなく、魔法が使えるから王族になった。
そして生まれるようになったのは穴があいて数年。あの穴が、最初は神の降りてくる場所ともてはやされていたと聞いたら驚くか? でも数十年後には災厄のほうが目立つようになった。
その頃、数少ない魔法使い、王族達は近親婚の影響もあり数を減らし続けていった。同時に魔法の質も落ちるばかり。消えそうなものに必死に固執していた。
私が王の基準を満たしていると言ったのは、魔法がそれなりに使えたから。そう、だから、我が身を化け物に変えて、弟を本当に亡き者にせんとした。自分の身体を変えるのは特に難しく、危険な術だったけど、あの時はどうでもよかった。一刻も早く弟をどうにかしたかった。
弟の持つ魔術は、魂の識別。それどころか少しいじって次に生まれてくる性別すら調整できる。そうだな、はっきり言って私より魔力があったかもしれない。ただ岩を砕くとか洪水を止めるとかそんな派手ではないし、死人は安らかに、という概念だった時代、弟の能力は受け入れられなかった。可哀相だと思ったが、恋人をいいようにしたことも勿論、死人を弄ぶなど私には許せない。
巨大な獣と化して刑場を荒らし、弟の側まで辿り着き、弾き飛ばす。それでも間に合わなかった。
「カイール本人、またはその一族と結ばれるまで、女で生まれ続ける」 魂にそう刻み込まれていた。
私と恋人になったばっかりに。最後の力を振り絞って、精霊達に願い、彼女の魂を異世界へ送る。殺した男と結ばれる可能性を絶つためだ。……私のエゴもあったかもしれない、それは否定しない。生まれ変われば人はみな別人なのだから。恋人の意思を確認せず、勝手に魂を転送させたことに変わりはない。
「兄上、よくも……!」
それから私は魔力を使い果たした事により、ここで命を失った。怪物化していたが、死ねば私の身体は元の人間に戻った。そして……
「ご機嫌はいかがですか、兄上」
『なぜ、どうして』
「死なないように縛り付けているのですよ。復讐のために」
気がついたら、私の身体は氷の中にあり、意識は身体に閉じ込められて出られない。死んでいるのに死んでいない。まるで頭部だけで生きているようだった。
私をそんな生き地獄に落とした張本人は記憶の中にある姿より若返って……すぐに察しがついた。子孫の祟り神になっている。そうまでして……。
『そんなに私が憎いか。私のほうが王にふさわしいと言われ続けてきたからか?くだらない、後見がいない王子など枯れ木と同じ。先など見えているのに。それともまさかビアラのことを』
「そのビアラのことでお話が。食器」
何を言われたか一瞬分からなかった。
「洗わないと、すぐ壊れてしまう。何でもそうだけどな。剣でも玩具でも、手入れしないとすぐ使い物にならなくなってゴミ箱行き」
『……?』
「そうそう、時代は変わったんですよ、兄上。息子を亡くした母親がいて、俺はその息子に印をつけ同じ男に産まれるようにと刻み転生を待った。息子は貧乏人の子に生まれ、そこは子沢山で金持ちの妾に売り飛ばせるような女ではなく男が産まれたせいで、息子は殺されかけた。そこへ前世の母親が到着。……俺は、理不尽な死から子供を助けた救世主として崇められた。だがな」
ここからが本題だといわんばかりにカイールの目が怪しく輝き、ニヤニヤと笑う。
「ふと思いついてずっと男に生まれるようにとその息子に呪いをかけた、するとどうだ。ある転生の直前、魂は消滅した」
『!?』
「転生システムなんて神の摂理は俺には分からない。けど、必要なことだったんだろうな。生まれ変わるのは、魂を洗い清める事でもあったんだろう。しかし俺が強制的に汚れが残るようにした。汚れは洗い流される事なく、次第に溜まっていき、最後には耐え切れず壊れた」
『では、では、ビアラは』
「そうだよ。どうすんだ兄上。あのままじゃあの女の魂は消滅だ、お前のせいで!」
善意でしたつもりだった。殺した男と結ばれる呪いなんて誰でもごめんだろうと。
『だが、それなら呪いをかけた張本人であるお前の力で契約を取り消せばいいだろう!』
「無理だね、異世界の魂に力を送るなんて。そんな力があったらこんな事になっていない。どうしたってまずは呼び戻してからだ。感謝しろよ、兄上様。呪いは必ず俺が解くよ。俺は貴方が死んだ後、自身に魔法をかけて子孫に自我が現れるようにした。それは子を繋ぐ度に強まっていく。実質子孫は死んだ身体で生まれてくるようなものだが、子供は親を敬うものだろう? どうってことない。何百年かかってもいい。魔力がピークに達した時、必ずビアラを呼び戻す。兄上が命をかけて行った転生魔法は本当手こずらせてくれるよ」
彼は狂っている。死んで生まれ変わった女を連れ戻すなど。
『生まれ変わったら……別人だ』
「俺の魔法が生きている以上、そうはいかない。それとも何か? 兄上はビアラの魂など消えてなくなればいいと思っているのか?」
『そんなわけないだろう!……カイール、お前まさか、責任を感じて?』
くっくっと悪人染みた笑いで返す。決して善意からではないと兄にも分かった。
「兄上は証人だ。俺は必ずここにビアラを連れてくる。ここで彼女と結婚する。王家に――ああ、俺達の王家は滅びたよ。新しく王家ができたから、そこに取り入っている。矢面に立つのは何かと面倒だと散々学んだよ。それで、その王家で特権を得たんだ。魔法が使えるのは使命を帯びているから。暴君と悪女から世界を守るために。空の穴の真下にある山で死んでくれてよかったよ。もっともらしい話が出来た。人を縛るのは恐怖が一番だ。愚かな大衆も権力しか能のない王族も、全てが俺とビアラを結び付けてくれる」
動けないから分からないが、外の世界では大変なことが起きているのは理解できる。自分が死んだ後、世界はあの争いを何と伝えたんだ?
『私が知っているビアラなら、お前と結婚するくらいなら死を選ぶだろう』
「さっき言ったじゃないか、生まれ変わったら別人だって。今度は俺を選ぶ、選ばせる。俺が解くんだ、呪いを。カイールの血と名を引き継ぐこの身体で」
『お前……』
「黙って見てなよ。今度こそ抵抗もできない身体で。俺と彼女は絶対に結ばれるんだ!」




