連行
昨今の治安の悪化に伴い、そこかしこに110番子供の家が点在し、また危ない場所には光が灯された。だから子供が完全に人の目から消えるタイミングはない――と思われていた。
「穂積! バイバイ!」
「うんバイバイ!」
友人と別れ、部活帰りに少し人気のない通りを入ったその瞬間、鈴木穂積はこの世から消えた。
次に目が覚めた時、自分は魔法陣のようなものの中にいて、揃いの服を着た数十人の人間がそれを取り囲み、その中でただ一人顔を隠してない人間が他の者より数歩前に出ていて、この人が代表格なのだろうと直感させた。銀色の長い髪、緑の目。冬の月を思わせる美貌をしている。
異世界からのお呼び出しでロマンをそそるのはここまで。
「よくもまあ戻ってこられたものだ」
「御覧なさい、あの仕立てのいい服を」
「この世界を文字通り見捨てて自分はぬくぬくと暮らしていたのだろう」
仕立てって言っても制服なのだからそりゃあ仕立てはいいだろうに。それとも制服も知らない??
穂積は疑問符を浮かべながら代表格の人間に質問しようとした。
「お前は罪人だよ。前世名ビアラ――。どこの平行世界を漂っていたかは知らないが、それなりにいい暮らしをしていたらしいな。……この、魔女が!」
最初は抑揚のない声で話していたが、魔女と言った途端に激高して穂積に殴りかかる。衝撃で地面に伏せたあと、怒りより悲しみよりなぜ?という気持ちで穂積は殴った男を見る。
「本当に忘れているんだな。まあいい。私が語らずとも自分が何者かは、外の連中が教えてくれるだろう」
そう言ってくるりと反転して代表格の男は歩き出した。途端に穂積の周りを、歌舞伎の黒子のような人間達が取り囲んで強制的に歩かせた。
訳も分からずしばらく歩いた後、明るい場所に出た。そこにはずらっと左右に人々が立ち並び、穂積は映画のようだ、と突然の事態で働きの鈍った頭で思う。しかし映画ではなく、間違いなく自分は当事者なのだと、次の瞬間骨身に染みて感じる事となる。
「このアマ!」
その声とともに石が飛んできた。それは穂積に命中し、額に血が地面に滴るほどの傷をつくった。
「…っ!?」
「やめるんだ。こんな女でも生かしておく必要はあるのだから。」
あの代表格の男。穂積はとっさに、止めてくれたと喜びそうになってすぐその考えを否定する。『こんな女でも』 あの人は私を見下している。何故。会ったばかりだというのに。
「カイ様、しかし!」
あの男はカイと言うらしい。石をぶつけられて顔に怪我をした十代の少女を前に平然と出来る、あの男の名はカイ――。
「言葉だけにすればいい。それならば死なない」
それを聞き、いい考えだと言わんばかりに大衆は黒子達に囲まれた穂積に聞くに堪えない罵声を浴びせ続けた。怪我に手当てもされず、両腕を捕らえる手は三日痣がとれず、月日が流れ大人になった時でも、穂積はこの瞬間を夢見て真夜中に飛び起きることがある。歩いている間は、ただひたすら気をそらすために遠くを見た。するとずっと向こうに黒い穴のようになっている部分があった。局地的豪雨でも起こっているんだろうか。その時はそう思っていた。
「自分の立場は理解できたか」
距離にして数十メートルの洗礼を受けたあと、穂積には抵抗する気力がすっかりなくなっていた。カイの言葉に無言で頷く。
「お前が転生などを謀ったおかげで、いまや一刻の猶予もない。手短にいく」
魔王を倒して、世界を救え――。
通常だったらそれどんなロールプレイングゲームですか?と苦笑してしまうような台詞を、今の穂積は神妙に聞いていた。