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第92話「ヤナ・パパのお知らせ」

 秘密組織の長の裕福そうな恰好は、受付嬢に眉毛が無い前衛的な宿にはいかにも不似合いだった。周囲の一杯ひっかけた男たちが、まるで掃き溜めに現れた白鳥でも見るかのような目で長を見ていた。オヤジとはまんざら知らない仲ではない。アレスは、悪心を起こした酔っぱらいに襲われたりしませんようにとオヤジのために祈ってやりながら、黙々と夕食に向かった。

「あれえ? 聞こえなかったのかな、婿どの? 会いに来ましたよ、お父さんが」

 ヤナ・パパが朗々とした声で言う。

 アレスは食べていたものを飲み込むと、

「誰がお父さんだ。寝言は寝てから言え、オヤジ。こっちはここ数日の疲労と、空腹と、女の子に嫌われたショックと、その他もろもろで胸の中がてんやわんやなんだ。つまんない冗談を言いに来ただけなら、今すぐ帰ってくれ」

 不機嫌に答えた。親子の義理があるからか、それとも本心から父を侮辱されたことを怒ったのか、ヤナが鋭い目を向けてきたが、アレスは気にしなかった。長のジョークに付き合っているヒマは無いのである。アレスは、しっしっと手を振って、長の後ろに控える筋骨隆々としたボディガードの眉を上げさせた。

「ここの勘定はわたしが持とう。娘が世話になっているせめてもの礼だ」と長。

「お父さん!」

 アレスは椅子を蹴らんばかりの勢いで立ち上がるとテーブルを回り、長に握手を求めた。

 がしっと手を握り合う少年と中年を見ずに、他のメンバーは栄養補給に努めている。ヤナさえもう二人に注目するのをやめた。この二人に注目するのは時間の無駄である。

「宿泊料もお願いします。お父さん!」

 アレスは調子のいいことを言ったが、反面、それだけ一行の財布が軽くなっているということでもある。旅行中は出ていく一方で収入は無い。頼みの王子も現在逃走中である。というわけで、どこからか搾り取れるチャンスがあったら、その好機を最大限利用しなければならないという流れになるわけである。

 長は、守銭奴と化した婿候補に、言った。

「市門を見張っていた部下からの報告を受けて飛んで来たわけだが、どうして娘が出戻って来たのか、理由を教えてもらおうか」

「旦那とか小姑(こじゅうと)とか王子にいじめられたんだよ。それでお父さんが恋しくなったんだろ」

「そんな半端な鍛え方はしていない。それに、父さん、チョー嫌われてるから」

「いやいや、ヤナは嫌ってなんかないよ、ホント。それどころか感謝してるよ。言ってたよ、『今のあたしがいるのは父さんのおかげだ』って。『物心ついたときから雨の日も風の日も、あたしを鍛え続けてくれたから、こんなに強くなれました。おかげで、男が寄りつかなくなりました』って」

「それ、怒ってるよね? 文句だよね。やっぱり、父、嫌われてるよね?」

「そんなことないって。現にこれからお父さんの元を遠く離れてヴァレンスに行こうとしてるくらいだからな」

「ええっ!」

 長は仰天した顔を作った。

「ま、まさかそこまで嫌われているとは思ってなかった……」

「男親は年頃の娘に嫌われるっていうもっぱらのウワサだ。その通りなんだろ」

「さっきと言ってること違うよ」

「振り返るな。未来に生きろよ、オヤジ」

 長はまるで肩の関節が外れたかのようにがっくりとしたが、すぐに立ち直った。

「それで?」

 落ちついた低音である。

 アレスは簡単に現状を説明した。

 長は興味深げにルジェを見た。王子は食べる手を止めたまま、うつらうつらしている。

「オレから王子にした方がいいんじゃないの? 玉の輿(こし)だろ」

 アレスが冗談を言ったが、長は反応しなかった。考え深げな顔をして、夢の国に落ちていきそうな王子を見ている。長が乗ってこなかったおかげで、耳ざとく話を聞いていたヤナの怒りは、アレスだけが負うことになった。「クソ、何でオレだけ!」とアレスは長を逆恨みした。長は、そのあと娘のところへ行くと、あまり無茶をしないようにと愛情を含んだ声を出した。ヤナは、既に暗殺集団を何人か殴り飛ばすという十分すぎるほど十分な無鉄砲ぶりを発揮しながら、しゃあしゃあと神妙な振りをしてうなずいていた。

 ガタン、という音がして見ると、オソが慌てふためいている。何か粗相をしてしまったらしい。身につけていたシャツにぺたぺたしたソースで染みが作られていた。疲労のせいである。

「大丈夫なのか、このパーティは?」

 長がアレスに言った。

 アレスは、これまで組んだことのある中で最高のパーティであると答えて、胸を張った。

「どういうパーティを組んできたのか訊いてみたい気もするが、まあいい。娘を頼む」

 もう話は終わったのか、長は強面の連れに合図をして出ていこうとしたのだが、ふと立ち止まると、

「そう言えば、ひとつ騒動があった」

 思い出したように言い出した。顔はアレスに向けていない。

「騒動?」

「市の管理する地下牢から囚人が逃げた。外から脱獄を手引きした者がいたようだ」

「へえ、物騒だな」

 と素直に思ったものの、そこまでの興味は無かった。自警団の団長には面識がある。なかなかのつわもの。その囚人は団長指揮のチームによって、またすぐに鉄格子の向こう側に追いやられることだろう。

「逃げたのはロート・ブラッド団のメンバーだ」

 にわかにアレスの関心は高まった。 

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