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第91話「イードリ到着」

 五日ぶりのイードリである。

 市門をくぐったアレスは、軽い脱力感を覚えた。何だかなあ、という気持ち。イードリを勇んで出かけ五日かけて得られたものが、「振り出しに戻る」では何とも報われない話である。それが自分一個のことであればどうでも構わないのだが、ことは彼についてのことではないから問題なのだった。

――半年……か。

 ズーマがエリシュカにかけている呪文の有効期間である。しかし、これをアレスはあまり当てにはしていない。別にズーマが嘘をついているというわけではなく、単に心がけの問題である。半年あると思えば心がダレる。それは失敗の元である。一カ月しかないと思ってやれば、心に緊張を産み、きびきびと事が運ぶ。それは成功の端となる。

 そうしてその成功はできるだけ早くなされなければならない。エリシュカを一刻でも早く生死の間ともいうべき現在の状況から抜け出させてやりたい。そういう気持ちがアレスにはあるのだった。つい先日会ったばかりの少女である。我ながら人がいい、とアレスは苦笑するが、そんな自分が嫌いでもないのだからどうにもしようがない。

「まあ、いっか。エリシュカは可愛いし。な、ルジェ?」

「すみません。話が全然分かりません。リシュさんは可愛らしいとは思いますが。突然、どうしたんですか?」

「オレは可愛い女の子の味方だっていう、まあそういうことだよ」

 ルジェは愛想笑いをすると、その繊細な肩を落とした。整った顔立ちを濃い疲労の色が覆って、まるで幸薄い少女のような趣になっている。インチキ騎士団から襲撃を受けてから二日、アレスと交代交代であったとはいえ満足な休みも無く、追っ手に怯えながら走りづめに馬車を走らせてきたので、困憊の極み、今の会話でエネルギーを使い尽くしたようであった。

「だからさっき御者を代わるって言ったのに」

 アレスがやれやれと首を振った。手綱は今もルジェの手の中にある。居眠り運転をして誰かを引き殺してしまわないうちに、アレスは適当に選んだ宿屋の前でそうそうに馬車を止めさせた。

 「雲海の果て」亭は中の下といったレベルであり、その名の通り、まるで世界の果てででもあるかのようなガランとした趣だった。よく言えば、華美を嫌った質実な内装、正直に言えば、客をくつろがせようという意図の全く見られないおざなりな内装である。

「何泊スか?」

 十八くらいだろうか、看板娘も愛想の「あ」の字もない。

 アレスは一泊で、三部屋用意してもらいたいことを告げた。その隣で、エリシュカはじろじろと少女の顔を見て、

「ねえ、何で、眉毛ないの?」

 純真な声を出した。

「はやってるの、それ?」

 年頃の女の子のファッションに言及することはタブーである。アレスは、エリシュカの口をすばやく塞ぐと、眉無し嬢に向かって、「妹が失礼なことを言いました」と謝ったが、

「眉毛ないとどういう感じ? すっきりする?」

 エリシュカは、アレスの手を押しのけてなおも続けた。

 眉無し嬢は、肩をぴくぴくと震わせている。

 一日お世話になる宿の人間である。怒らせるのは得策ではない。アレスは部屋の番号を訊くと、エリシュカの手を取って、ホールを抜けて階段を上った。ニ階の三室が一団にあてがわれた部屋であって、アレスはその一室に入った。

「ああいうことは訊かないのがエチケットだぞ、エリシュカ」

「何で?」

「何でって……そういうもんなんだよ。オシャレしてる所は見てもいいけど訊かないのが礼儀なんだ、覚えておきなさい」

 エリシュカは、ふーん、と生返事をすると、そこで何かを思い出したような声を上げた。 

「どうしたんだよ?」

 アレスの問いに、エリシュカはフンと視線を逸らすと、

「アレスとは話さないことに決めたの」

 宣言してから、

「土下座して謝るまでね」

 と続けた。

 アレスはふうと息をついた。こういうことを考えるにはエリシュカは良くも悪くも率直である。きっと、ズーマかヤナあたりに吹きこまれたに違いない。彼らがエリシュカに接触する時間は、さきほど馬車を下りて宿に入るまでのわずかな時間に過ぎなかったが、その短い時間で仕事をするのがプロというものである。もちろん、何のプロなのかは知ったことではない。

「オレは何も悪くない。あれは愛のムチだったんだからな」

「…………」

「さっきオレが言ったことは、ちゃんと考えてみれば分かるだろ。キミも子どもじゃないんだから」

「…………」

 そっぽを向いて応えようとしないエリシュカに、アレスは最後の手段を取った。アレスは、最後の手段を割と早い段階で使ってしまう思いきりの良い男である。

「エリシュカのブース」

 部屋に差し込む夕日を切り裂いて、少女の細い足が宙に優美な半円を描く。

 とっさにガードした腕に重たい衝撃が走り抜けた。気のせいか、蹴られるたびにその蹴りは速く鋭くなっていくようである。アレスは、いつか当てられるようになるのではないかと、暗い予感に怯えた。そうして、なにゆえ味方であるはずの少女を恐れなければならないのかと考えたが、答えは出なかった。

 エリシュカはくるりと背を向けると、元気良く走り去った。アレスはその後を、疲れた様子で追った。

 その後、夕食時、階下の食堂で珍客の訪問を得た。

「早いお帰りだな、婿どの」

 やかましい罵声とグラス同士が派手にぶつかる音が響く中に、上等な上衣を身につけたヤナ・パパが、部下を一人後ろにして、悠然と立っていた。

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