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第87話「リーダーの役割」

 出発に先立ってしておかなければならないことがある。

 馬車の御者台へと向かおうとしている少年を、アレスは呼び止めた。

「オソ」

 少年は振り向くと、いつも通りの気弱げな顔で、アレスの元へ寄ってきた。

「何ですか?」

 アレスは頭を下げた。

 オソは目を見張ったあと、助けを求めるように周囲を見回した。しかし、誰も助けてくれなかったので、仕方なく、

「あ、あの、何をしてるんですか?」

 戸惑いがちに、ささやくような声を出した。

 アレスは頭を上げると、「お前の力を借りたい」とオソの目を覗き込むようにして言った。

「これからオレたちは昼夜兼行する。少しでも早くミナンを出るためにな。そのためにはお前の(ぎょ)の腕が必要だ。お前にとっては降って湧いた災難だろうけど、オレたちを助けてくれ」

 真情をぶつけるような声だった。

 オソはその声に衝撃を受けたかのように少しのけぞったが、そのあと大きくうなずいた。

「助かる」

 オソは発奮したようである。肩をそびやかすようにして御者台へと歩く少年の後ろ姿に向かって、アレスは心の中で一礼した。

「ボクが言わなければいけない言葉でした」

 ルジェが申し訳なさそうな声を出したが、アレスは首を軽く横に振った。リーダーはアレスであって、ルジェではない。パーティ全体の命運に関わることはアレスの仕事である。

「王子だからって遠慮はしないからな。オレの指示に従ってもらう。ヴァレンスに着くまではな」

 念を押すように言うと、ルジェは神妙な面持ちで首をうなずかせた。

 いざ出発しようとしたアレスの背に、「勇者殿」という生真面目な声がかかった。

 振り向いたアレスの目に、引き締められたフェイの顔がある。

「どうぞ王子をよろしくお願いします」

「よろしくって……あんたは?」

「おれはここで別れて、王都の諜報部に戻ります」

 フェイは、ひとり王都に戻って諜報部とわたりをつけ、諜報部長官から今回の件を王に伝えてもらうつもりだと、続けた。王子の王都帰還のために手を打ちたいということである。

「ダメだ。危険だ」

 ルジェが慌てて反対した。

「しかし、誰かが真相を知らせないと、王子の出国については太子に適当な理由をでっちあげられるでしょう。逆に真相を知らせることができれば、太子は窮地に陥ります」

「絶対にダメだ。一緒に来るんだ、フェイ」

「ヴァレンスに亡命できたとしても、ミナンに帰って来られないのでは仕方ありません。おれはお帰りの基礎を作ります」

「一人でなんて危険すぎる!」

「逆に一人の方が気楽です。おれは一人だったら、誰にも見つからないで王都に帰る自信がありますよ」

「フェイ。これは命令だ。ボクと一緒に来るんだ」

「聞けませんね。そもそも諜報部は王のための組織です。おれには今回の件を王に報告する義務があります」

 ルジェは秀麗な面を歪ませた。

 フェイはニコリとすると、アレスに向かって軽く頭を下げ、そのままくるりと背を向けた。そうして、歩き出すと、すぐに足を速めた。それはいかにも潔いもので、アレスは初めてフェイという青年を評価した。

「フェイ!」

 覚悟を固めた者を追いかけてその決意を台無しにしようとしているバカ者の腕を、アレスは取った。

「放してください!」

 だだをこねるルジェの腕を、アレスは引き絞ると、

「放してどうする? このままフェイの後を追って、あいつのお荷物になって一緒に死ぬのか? あいつがあんたのことをオレに託したその気持ちも無視して?」

 わざとゆっくりとした口調で言った。

 ルジェは反抗するように眉根にしわを寄せていたが、やがて目元を悲しみの色に染めた。

 アレスはルジェの腕を放した。

 既にフェイの背は小さくなっている。先ほど騎士たちとバトルをした方向に向かっているのは、おそらく林につながれた騎士たちの馬を一頭手に入れるつもりなのだろう。

「アレス……」

 ルジェがぽつりと言った。

「死の危険に赴く友を見送ったことはありますか?」

 少し間があったあと、

「見送れただけ、あんたはマシだ」

 小さいが強い声が、ルジェの耳を打った。ハッと顔を向けたときには、アレスは既に御者台に上っていた。ルジェはアレスを見上げたが、視線は合わなかった。もう一度、フェイの姿を遠目に確認したルジェは、彼の無事を祈ってから客車に乗り込んだ。

 ズーマとヤナはオソの馬車に乗り、エリシュカは御者台のアレスの隣に座った。

「もう客車に入れとかつまんないこと言わないでね」

 エリシュカは釘を刺すように言った。

 機先を制された格好になったアレスは、喉の奥に言葉を押しこむと、手綱を繰って馬車をスタートさせた。オソの馬車よりも前に出る。オソに先に走られると、置いていかれる可能性があるからである。

「来た道を戻るのってつまんないね」とエリシュカ。

「そういう問題じゃないだろ。それに、戻るのはイードリまでだ。それから先は新しい道さ」

「ヴァレンスの王女と知り合いなの?」

「そんなこと言ったか?」

「さっき悪いヤツじゃないって言ってた」

「なら知り合いなんだろうな」

「女の子の知り合いはたくさんいるの?」

「残念な女の子の知り合いは結構いるな。もう会いたくない感じのやつね。普通の女の子の知り合いはほとんどいない。可愛い女の子にいたっては……」

 アレスは意味ありげにエリシュカを見ると、

「ゼロだね」

 まことに男らしい態度で言い切った。

 エリシュカは白々とした顔でずいっと身を寄せてきた。

 アレスはコホンと空咳を一つすると、

「でも、『可愛い』じゃなくて『綺麗な』子なら一人知ってるかなあ。うん、今、すぐ近くにいるかも」

 まことに男らしくない態度で、付け加えた。

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