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第86話「新たな目的地」

 アレスは他にいくつか細かなことを尋ねることにした。

「諜報部はこの件にどこまで関わってる?」

「諜報部は関わっていない」

「じゃあ、あんた個人が太子に協力してるのか」

「そうだ」

 フェイの容疑は晴れた。アレスがヤナを見て肩をすくめてみせると、少女はペロッと舌を出した。

「王子を連れ去ったあと、どういう手筈(てはず)だったんだ?」

「街道脇で殺し、山賊の仕業に見せかける。その後、お前たちの後をつけて隙を見て殺す予定だった」

 クラの淡々とした声が終わったあと、フェイの目が限界まで見開かれて、剣の柄に手がかかった。鞘から白い刀身が少し覗く。そこで手首を押さえられて、それ以上抜けなくなった。隣にいるヤナのたおやかな手が、しかし万力のように手首をしめつけている。

「全部聞き終わってからです」

 ヤナが優しい声で怖いことを言った。

「よし、最後の質問だ」アレスが言った。

「この襲撃に失敗した場合、お前たちはどういう行動を取ることになってたんだ?」

「失敗したあとのことは考えていない」

「そのための三十人か。だが、ちょっと少なかったな」

 アレスは立ち上がると、他に訊きたいことがあったら訊くようにと、仲間を見渡した。

 ルジェがまっさきに名乗りを挙げた。

「太子はお前のような奸臣(かんしん)に惑わされているのではないのか。本心からボクを殺そうとしているわけではないのだろう?」

 その声は哀願するような調子を帯びていた。

 クラは平板な声で答えた。

「太子は王子の名声を憎らしく思っている。今回の件がなくとも、王位についたあとに誅殺するおつもりだ」

 ルジェはふらふらとあとじさった。急に天と地がひっくり返ったかのようなめまいを覚えた。そのまま気でも失うことができたら楽だったかもしれないが、残念なことに足をもつれさせただけだった。ルジェは後ろにいたズーマに支えられた。

「大丈夫か?」

「ええ……いえ、あまり大丈夫ではありません」

 ルジェの顔は蒼白になっている。

 選手交代である。代わりにヤナが前に出た。

「太子のひととなりは?」

「酷薄、狭量」

「お前たちが失敗したことを知ったあとの太子の行動は?」

「第二の刺客を送るだろう。ルジェ王子を絶対に王都には入らせないおつもりだ」

「さっきの大立ち回りを誰か見てたか? お前たちが成功するかどうかを確認する見張りはいたのか?」

「いない」

「あるいは知らされていないってことだな」

「…………」

 問い以外に反応するようにはできていないので、クラは応えなかった。しかし、おそらく見張りはいたはずである。今頃、仲間の失敗を注進しようと大急ぎで走っていることだろう。

「どうする、アレス?」

 ヤナが言った。

「戻るぞ」

 アレスの決断は早い。

 このまま王都に進むのは危険すぎる。王都に近づけば近づくほど太子の焦りは大きくなり、焦りが大きくなるほど襲撃は苛烈になる。刺客集団に昼夜間断なく襲撃されて、ひとり生き残る自信はあっても、連れを守ってやる自信はない。アレスは自分の力を信じているが、信じすぎてはいない。

「イードリまで戻って東に進み、ヴァレンスに入る」

 断定的に言ったあと、アレスはルジェを見た。

「この辺りで誰か頼れるツテはあるのか?」

「……いえ」

 と答えたときの逡巡をアレスは見逃さなかった。誰か頭に浮かんだ人間がいるのだろう。ただ、その人間を頼れば迷惑をかける、などということを考えたに違いない、とアレスは推察した。

「じゃあ、ちょうどいい。ヴァレンスに亡命しろ」

 あっけらかんとした言葉に、ルジェは整った眉を上げた。

「国を捨てろとおっしゃるのですか?」

「捨てるわけじゃない。一時離れるだけだ」

「……兄にはきっと何か誤解があるのです。話し合えば……」

「仮に話し合えば何とかなるにしても、話し合えるところまでいかないだろ。太子のところに到達する前にあんたは死体になる」

 ルジェはギュッと唇を噛んだ。殺されかけても兄のことを信じたいのだろう。これほど慕っている弟を殺そうとするとはアホじゃなかろうか、とはアレスは思わなかった。王位というのは肉親の情を超えたところにあり、それを手に入れるためであれば弟どころか親を殺す――すなわち父王から王位を簒奪(さんだつ)する――ことも(いと)わないのが今の世である。

「ま、気にくわないことは確かだけどな。だから、ヴァレンスに行くならそれまでは守ってやる。ヴァレンスの王女は悪いヤツじゃない。温かく迎えてくれる……かどうかは分からないが、少なくとも追い返すような真似はしないだろう。ヴァレンスに入れば、太子も思うようにはできなくなる」

 考え込むような様子になるルジェをアレスは急かした。事は一刻を争う。

「みなさんにご迷惑がかかります」

 太子の凶刃を避けるための他の手段を考えているのかと思いきや、ルジェが思い悩んでいたのはそういうことであった。アレスはわざと快活に言った。

「勇者を信じろ。さっきだってわらわらいたヤツラを簡単に片づけたろ」

 王子は笑わず、真剣な面持ちを作ると、「分かりました。ヴァレンスへ行きます」とはっきりと言って、思いきりの良いところを見せた。

 アレスはうなずくと、隣にいたエリシュカを見た。

「そういうわけでヴァレンスに行くことになった。いいか?」

「いいも悪いも無い。あなたに付いて行くだけ」

 そう答えたエリシュカの声には一点の濁りも無かった。

 アレスは、不覚にも――そうしてしばしば彼は不覚を取るわけなのだが――胸を鳴らしてしまった。その照れくささを隠すためにエリシュカの頭をよしよしと撫でたところ、「やめて」と冷めた声を出された。

 アレスは腰の鞘から短剣を引き抜くと魔法の光を灯したあと、クラを無造作に斬った。

 クラはぐらりと倒れた。

 それが出発の合図である。

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