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第84話「語られ始める真実」

 青空から清爽な光が降っている。

 アレスは空を見上げた。空はいい。そこは人の力の及ばない聖域である。空は、さかしらな人知によって(けが)されることなく、至純の美しさをもってそこにある。翻って大地を見れば、愚かな人間が思い思いに境界を作りなわばり争いに終始し、なわばりの中の仲間同士でさえなお争っている。その結果の一つが、もう可愛くもないひげ面をつっぷして昼寝をむさぼる三十人のおっさん連であり、そのクソオヤジどもに狙われる可愛い王子を守らなければならなくなりそうな、可哀想な少年剣士である。

「とりあえず、オレが今引っ張ってるヤツに事情を聞いてからだ。護衛云々の話はそれから考えることにする」

 アレスが諦めたように言うと、フェイは喜色で顔を明るくし、王子は驚いた顔を作った。「そんなご迷惑はかけられません」と言う王子に、アレスは「いいから来い」とそれ以上の言い合いを嫌うようにそっけなく言うと、他の仲間の待つもとへと歩き始めた。

「馬車を移動してくれ」

 少し歩いてから、振り返ってフェイに告げる。

 フェイは俊敏な動きで馬車へと向かった。王子も、軽く頭を下げたあと、それに続く。

「普段の言動はともかく、ここぞってときはさすがに勇者だな」

 隣からの温かみを帯びた声に、アレスは難しい顔を作った。褒められても事態が軽くなるわけではない。アレスとしては現在、最優先事項があって、しかし、王子の命を守るなどということになれば、最優先事項が二つということなってしまう。二つのことを同時にできるような器用さがあるかと問われれば、アレスは自分の力を過信していない、素直に首を横に振るだろう。

「お前ならできるだろ。何となくそんな気がする」

 ヤナの声は軽やかで明るい。何となくでそう思われても困るが、不思議なことにアレスは自分の気持ちが少しほぐれたのを感じた。それがアレスの単純さによるものでないとしたら、ヤナに人の心を勇気づけるリーダー的特性があることになる。アレスはよくよく吟味した上で後者の説を取った。

「あんたについてくよ、ヤナ(ねえ)さん! いや、リーダー!」

「リーダーはお前だ。あたしは、そのサブでいい」

「何でだよ。一番いい役だぞ」

「その分、責任が伴うからな。あたしはそんな重圧には耐えられない。ときどき、その重圧を感じてるリーダーに適当なこと言って、気を紛らわせてやるくらいの役目の方が気楽でいいね」

「ちょっと! さっきの『お前を信頼してる』宣言はテキトーだったの?」

「今頃気がついたのか?」

 ヤナは涼しげな目元に微笑を弾かせた。

 重い荷物を引きずっていった先に、三人の仲間が待っており、そのうちの一人は心得顔を作っている。

 その顔は先ほど脳内で見たものそのものであり、今また現実で見るのだから二度手間であった。

 ズーマのにやにやフェイスを間近で見たアレスはいつもの二倍イライラした。

 そのあと、

「なにグズグズしてたの、このスカタン!」

 ズーマの横からエリシュカが腰に手を当てて、まことに愛らしいわめき声を上げてきた。アレスは、「三十人に囲まれて軽く死にかけたんだぞ」と言って事情を説明しながら抗弁したが、

「わたしを連れてかないからそういうことになるのよ。一回死んだ方がいいんじゃない」

 何とも無体な言葉が返された。どうやら置いていかれたことが腹に据えかねたらしい。

 エリシュカはぐっと間近でアレスをにらみつけると、桃色の唇をせわしなく動かして、そんな可憐な口元からよくもと思われる罵声を矢継ぎ早に繰り出してきた。

 良かれと思ってやったことが、人の怒りを産む。とかくこの世は生きづらい。アレスがたそがれていると、後ろから車輪の音がして、馬車が停まった。フェイと王子が下りてきて、皆に合流した。

「さて、大魔導士さまの出番だ」

 アレスは、エリシュカの舌鋒をかわすようにして、ぐったりとしている青年の背を馬車の車輪のところにもたせかけた。がっくりと首を落とす青年の前に、ズーマが膝をつけ、呪文を唱えると、死んだようになっていた青年の体に反応が生まれ、やがてうっすらと目を開けた。それは、アレスの魔法の剣の効果を解く呪文である。そして、すぐさま、ズーマは二つ目の呪文を唱えた。すると、青年の開いた目はどろんとした眠たげなものになった。

「いいぞ。聞きたいことを聞け」ズーマが立ち上がって、アレスに言った。

「何をしたんだ?」

 というヤナの問いにアレスは、「何でもしゃべらせるための呪文をかけたんだよ」と答えて、彼女の好奇心を誘った。そんな呪文が使えたら、情報屋に取って仕事がやりやすくなることこの上ない。

 アレスは、青年の前に膝をつくと、

「おい、お前、オレのことが分かるか? オレは誰だ?」

 と質問した。

 青年は虚ろな目をアレスに向けると、

「ヴァレンスの英雄の名を(かた)るクソガキ。そこそこの力はあるが、粗野で下品な、どう考えても卑しい平民。諜報部にある情報と照らし合わせてみても全然勇者アレスと一致しない」

 無機質な声を出した。アレスは思わず殴りそうになるのを押さえた。そのあと、

「以上、フェイの報告による」

 補足情報があった。

 アレスは拳を固めたまま、にっこりとした笑みをフェイに向けた。 

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