第83話「王子を守ろう」
「ところで、アレス。お前、何でそいつの言ったこと疑ったんだ?」
「簡単なことだろ。こいつは一つ明らかなウソをついた。嘘つきの言うことが信じられるか?」
「何だよ、ウソって?」
「ヤナのこと後宮の美女より綺麗だとか何とか言ってたろ。さすがにそれは無いだろ。お世辞にしたって、それは無い」
「わーい。今、本当に心から、あなたのこと殴りたいわ。殴っていーい?」
「ダーメ」
付き合い始めのカップルが互いに向け合うようなにこやかな笑顔で二人は歩いた。それだけ見ている分には普通の仲良さそうな少年少女で通るけれど、少年の方が人を引きずっているので、全体としては異様な図である。
「それにしても、これからどうすっかなあ。これが本当に太子の仕業だとすれば、太子はオレのことをルジェの味方だと思ってるよなあ。これ以上、ミナンにいるのは危険か。ヴァレンスに行くしかないのかなあ。ズーマの話だと、死病を癒す『サージルスの石』はヴァレンスにもあるってことだからな」
「お、勇者の帰還ってわけだな。あたしもついてくぞ。いいだろ、ついてっても?」
「ふ、オレに惚れたか、ヤナ」
「面白いよ。で、いいのか、悪いのか?」
「あんまりお勧めはしないぞ。オレの行くとこ行くとこで、厄介なことが起こるからなあ。また、インチキ騎士団に襲われないとも限らない」
「そしたらまた助けてやるよ。精神的に」
「いや、今度はもっともっと物理的に助けてくれ」
「あたし、女の子だから」
「だから?」
「手鏡より重い物を持ったこと無いわけ」
「何も武器を持つ必要は無いんだよ。ヤナの武器はその拳なんだから」
ずりずりずりずり、ごつん。
「おい、何か今、そいつの頭が落ちてた石にぶつかったぞ」
「気にしない、気にしない。そんなことじゃ、起きないから」
「じゃあ、大丈夫だな」
二人プラス引きずられた一人が街道に出たところで、
「うおおおおおーーーい!」
後ろからまるでその声だけで人を倒そうとでもしているかのような強い男の声が上がった。
それでも二人は歩き続けた。少し離れた場所にアレスたちの馬車があって、馬車の前に三つの凸凹の人影が見える。一番小さな影が、ぶんぶんと手を振っていた。エリシュカである。
「モテる男はつらいぜ」アレスが気取って言った。
「いや、あれは、『早く戻って来い、このスカタン!』っていう合図なんじゃないのか」
後ろからダッダッダッと地を蹴る音がして、その音はアレスたちの前に回り込んだ。
フェイは大きく両手を広げて、二人の歩みを止めた。
「ちょっと待て。男が正座して頭を下げてるんだぞ、普通は『どうしたんだ』ってことになるだろ!」
「どーしたんだよ?」
アレスがいかにも適当に平板な声を出すと、フェイはまぶたをピクリとさせて嫌な顔をしたが、そこで深呼吸すると、表情を真面目なものに改めた。
「王子を護衛してもらいたい」
それはあんたの役目だろ、と素っ気なく答えたアレスには、フェイの言いたいことは良く分かっていた。現在、何らかの陰謀的なものが王子を害せんとしているなら、その盾が必要である。本来はそれはフェイ自身のなすべきところなのだろうが、彼は己の不足を謙虚に認め、王子のお守り役という栄光を譲ってくれたというわけだ。
「悪いが急いでるんだ。お家騒動に関わってるヒマは無いんだよ」
「国宝が必要なんだろ? 王子はそれを貸してくださると約束した」
アレスは一歩前に出ると、少し高い位置にあるフェイの顔を近くから見上げた。
「必要なものは必ず手に入れる。何をしてもな。あんたが心配することはない」
それは力みのないまるで世間話でもするかのような口調で、それがためかえって真実味があるところが不気味であった。王宮の宝物庫の奥深くに眠っている国宝を手に入れるなど、星をつかもうとするかのような行為であり、およそ不可能である。
「不可能を可能にするのが勇者らしいですよ」
ヤナがからかうような口調で言った。
「頼む! この通りだ!」
フェイは頭を下げた。
下げられた頭を横目にしながら通り過ぎようとするアレスの前に、さっとフェイは回り込んだ。それをよけようとするアレスの前にさらに回り込んで通せんぼする。
「頼む!」
そう言ったフェイの目に必死の強さがあった。
初対面のエリシュカを助けたアレスである。侠気の持ち合わせはひとより多い。しかし、今は場合が場合なのであって、他を助けている余裕などない。ことは少女の命に関わるのである。危険はできるだけ避けたい。それに何より、
「本人抜きで話を進めても仕方ないだろ」
ということである。
アレスが振り向くと、近くにルジェが立っている。話は全て聞いていたようだ。
その場の三人の視線を集めたところで、ルジェは澄んだ声を出した。
「ありがとう、フェイ。ボクのために。でも、ボクは兄上のことを信じたいし、もしこれが兄の仕向けたことでこれからもボクを殺そうとするなら、ボクの周りにいることは危険極まりない。そんな危険に巻き込むわけにはいかない」
素直な心からの声である。
それを聞いたアレスは心中で舌打ちした。
そういう声に弱い自分がいることを認めざるを得ないことがどうにも気にくわない。
ズーマのニヤニヤ笑いがアレスの脳裏をかすめた。