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第78話「勇者は油断しない」

 アレスは馬車の速度を落とした。人だかりはまだ遠い。

 エリシュカと入れ違いに客車から顔を出したズーマに、

「ちょっと、どういう愉快な集まりなのか訊いてくる。馬車を停めるから、みんなのことを頼む」

 言うと、手綱を引いて、街道脇に馬車を停めた。

 剣を持って、よっと御者台を飛び下りると、後ろからエリシュカが呼ぶ声が聞こえた。

 振り返ったアレスは、「大人しくしてろ」と大きな声を出した。エリシュカは客車の窓から不満そうな顔を見せたが、ついてくるのはやめたようだ。おそらくズーマがうまく機嫌を取ったのだろう。いつかその技を習わなければならぬ、とアレスは決意を固めた。

 背後から地を蹴る駆け足の音がして、隣に背の高い少女の姿。ヤナである。

「置いてくなよな」

 ヤナが言う。どうやら彼女はズーマの話術に引っかからなかったようである。

「さすが、年の功」

「ぶっ殺すぞ!」

「親父さんに傷一つつけないって約束したんだけどなあ」

「じゃあ、そうしろ。いざってときには、お前の背中に隠れるさ……で、何だよ、あいつら?」

「知るわけ無いだろ。だから訊きにいくんだから」

 アレスは剣を背に負った。

 後車の異変に気がついたらしく、少し離れた場所で前車が停止した。客車の中から王子が姿を表して、ステップから地面に下りると、アレスたちに向かって歩いてきた。王子と合流したところで足を止めたアレスは、馬車を停めた理由を説明した。

「お騒がせしてすみません。どうやら諜報部のようですね」

「諜報部?」

「ええ、フェイの同僚のようです」

「用件は?」

「それがフェイも聞いていないようです。何か火急のことかもしれません」

「火急の知らせにあんな大人数で来たのか?」

 しかもこんな街道沿いに待ち構えているところが妙である。大体にして、こちらの姿を認めているくせに近づいてくる気配が無い。

「まあ、とりあえず行ってみるさ。あっちの馬車は残していく。そっちの馬車に乗せてくれ」

 アレスとヤナは王子の馬車に乗った。いつでも動きが取れるように、客車の外側のちょっとしたスペースに客車にひっつくように立ち乗りした。

 ちょこっと馬車を走らせると、すぐに集団の前につく。一人の男が大きく手を振って、馬車を誘導した。一行は馬車から下りた。

 三十人からの男たちはどうやら山賊の類などではないらしい。卑しい悪相は一つもなく、みな精悍な顔立ちをしている。立ち姿にも緩みなく、相当に鍛えられているような雰囲気だった。とはいえ、諜報部員のような軽やかさはなく、王直属の騎士団のような重みがある。近くに林があって、男たちと同じくらいの数の馬がつながれていた。

――面倒くさそうな相手だな。

「どうしたんだよ、アレス。いやに、カッコいい顔になってるぞ」

 アレスの真面目な顔を見ながら、ヤナは面白半分に言った。もう半分は真剣な気持ちである。

「ヤナ、ズーマの馬車に帰ったほうがいいぞ」

 アレスは静かに言った。

「情報を集めるのが、あたしのこの旅での目的だ。物見遊山じゃない」

 ヤナがはっきりと言うと、アレスはニヤリとした。

「じゃあ、半分任せてもいいな?」

「冗談だろ。ていうか、何で戦う前提なんだよ」

「色々と面倒なことを省くためさ」

 王子とフェイは、集団のリーダーらしき青年と話を始めた。その少し後ろに、アレスとヤナが向かうと、王子が二人のことを紹介した。

 フェイの同僚は、柔和な顔立ちをした腰の低い男だった。フェイよりは少し年上であるようで、二十四、五ほどである。王子の紹介を聞くとアレスの顔を見て、

「お噂はかねがね。ヴァレンスの英雄にお会いできるとは恐悦至極」

 にこにこと愛嬌をふりまいた。そのあと、ヤナを見て一驚したように目を大きくすると、

「後宮の美女も色を失う美しさですね。どうです、太子のそば近くにお仕えするつもりはありませんか?」

 お世辞にしては熱っぽい口調で言った。

 ヤナはアレスに向かってにんまりとして見せた。

「悪い人じゃなさそうだぞ」

 と耳元で囁かれる声を聞きながら、アレスは引き締めた顔をやわらげたりはしなかった。調子の良いフェイの同僚の後ろにずらり並んだ男たちは微動だにしない厳粛さの中にいる。揃って身につけたマントの下に、剣の鞘が覗いていた。

「それで?」

「兄がわざわざ迎えを寄こしてくれたようです」と微笑しながらルジェ。

「兄っていうのは?」

「太子です。どうやら本当にボクが帰京するかどうかお疑いのようですね。監視役ということでしょう」

 皮肉げなセリフであったが、声音は温かく、兄を慕っているのが良く分かる調子だった。

「これから我々が王子様ご一行を王都まで安全にお連れいたします」

 青年は笑顔である。

「一つ、いいか?」

 アレスが言った。

「単なる迎えにこの人数っていうのはちょっと多くないか?」

「太子のルジェ王子に対する愛情のゆえですよ」

「何でこんなとこで待ってたんだ?」

「街道をお通りになることは、フェイの報告によって分かっておりましたので。これから、この街道を更に遡ろうとして一休みしていたところ、王子様がお通りになったという次第です」

「ふーん、なるほどね」

 アレスはヤナを見た。ヤナはかすかにうなずいた。

「さ、それでは参りましょう」

 青年が明るい声で言うと、騎士然とした男たちは林につながれた馬を取りに行こうとした。その時である。「うっ」というくぐもったうめき声が漏れて、地面にくず折れた男がいた。

 フェイである。

 ルジェと青年は呆気に取られた顔で、仲間を気絶させた人影を見た。

 二人の視線を悠々と受け止めたヤナは、普通にしていれば愛らしい瞳に、獰猛な獣のような光を浮かべていた。

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