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第77話「旅の途中 パート6」

 日が差すと、急に暑くなってきた。

 アレスはマントを脱いだ。厚手のマントのおかげで服はほとんど濡れていない。

 エリシュカも同じようにすると、フードから現れた白髪が風に軽やかになびいた。

「もう気は済んだろ。中に戻れよ」

 アレスは素っ気なく言った。

 エリシュカはそれには答えずに、

「二発」

 と唐突なことを言って、指を二本立ててみせた。

 アレスは嫌な予感がした。が、あえて試してみることにした。危険を恐れないのが勇者の特質である。

「狭いから戻ってくんない? ひとりの方が気も楽だしさ」

 指が一本増えた。

 思った通りであった。アレスは口を閉ざすと、真面目な顔を作って、何気ない口調で言った。

「いやあ、ホントにエリシュカって『可愛い』よなあ。いや、可愛いって言うか、『綺麗』。うん、それだな。待て待て、『可憐』もいいな。花のようなっていう形容が世界一似合う女の子だよなあ」

 ちらりと横目で窺うと、エリシュカが立てた指は四本になっていた。

「おい! 何でだよ。褒めたら減るんじゃないの?」

「わざとらしい」

「オレは心からそう思ってるって! そうして、キミのことはオレが守る!」

 とうとうエリシュカの可愛らしい手は思いきり開かれて、立った指は五本になった。

「あとで五発なぐるからね」

 普通の女の子にであれば、五発なぐられようが何のダメージも受けない。五回程度ぽんぽか叩かれようと、どうということはない。しかし、こと、この白髪の少女にということになると話は別である。恐ろしく体重の乗った拳に確実に急所をとらえられ、一発で地に膝をつく自信がアレスにはある。それを五発となると、これは軽く死を覚悟せねばならない。アレスはぷるぷると震え出した。さきほどの小雨のせいであろう。服は濡れなかったけど、なんかこう心が濡れたに違いない。

「でも、一つ教えてくれたら許してあげる」

 エリシュカは開いた手を握った。立った指はゼロになった。

「何でわたしによくしてくれるの?」

 見ず知らずの少女を助けるために骨を折って王都くんだりまで行くなどという奇矯な行為の理由を、エリシュカは質問したのだった。アレスは大きくあくびをしたあとに、「ただの成り行きだよ」と答えた。その答えはエリシュカを納得させなかった。

「じゃあ、キミに一目ぼれしたんだな。下心だよ」

 その答えもエリシュカを満足させなかった。

 風がアレスの前髪についた雨滴を飛ばした。

 アレスは、隣から、ハーという音を聞いた。エリシュカが自分の小さな拳に息を吹きかけているのが、視界の端に見える。

 アレスは、馬車を引っ張ってくれている二頭の馬の躍動する背を見ながら、独り言のような調子で言った。

「昔……って言っても、そんなに昔でもないけど、助けられなかったヤツがいる。だからだよ」

 まるきり説明になっていないような言葉だったが、エリシュカにはそれで十分だった。アレスの声には真実の響きがあって、その声はエリシュカの胸に綺麗にこだました。

「昨日、イメージバトルで戦ってた人?」

 アレスは驚きの目で少女を見た。

「何となくそんな気がした……死んだの?」

「いや、生きてるよ。昨日、そう言ったろ。あいつに会ったら、エリシュカはオレからきっと乗りかえるってさ。死人には会えないだろ」

「ああっ!」

 エリシュカは大きく口を開けた。前方に何かおかしなものでもあるのかと思って、進行方向を注視したアレスだったが、少し前に王子の馬車が走っているのが見えるばかりで、街道の先には特に何も無い。怪訝に思ったアレスが、突然の叫び声の理由をエリシュカに訊くと、彼女は、「思い出したの!」と興奮したような口調で叫んだ。

「何を?」

「……昨日の夜、アレスにムカついた理由」

「思い出すなよ、そんなの。で、何なんだよ? どうせ言いがかりだろ?」

「違う」

「じゃあ、何?」

「言わない」

「何で言わないんだよ」

「何でも」

「言わなきゃ分からないだろ」

「言わなくても分からないとダメ」

「無茶言うなよ。ちゃんと言ってくれないと、また同じことするぞ、きっと」

「……なら、また蹴るからいい。同じことを言うたびに、またね」

 そう言うと、エリシュカは怒った顔を少しやわらげた。どういう風の吹き回しか分からないが、ちょっと機嫌が直ったようである。それはそれで大慶であるが、唐突に機嫌が良くなるということは、その逆もあるということであって、油断はできない。女の子というのは、そばにいるだけで男に無駄な緊張を強いる存在である。世界のどっかに、隣にいるだけで癒されるようなそんな女の子がいないもんか、とアレスは思った。

「アレス」

「いや、違うよ。何も考えてないよ」

「何言ってんの? ほら、あそこ。人がたくさんいる」

 エリシュカが指差した先を見ると、三十人くらいだろうか、街道沿いに小さな人だかりができている。遠目であるのでよくは分からないが、まるでこの二乗の馬車を迎え撃つがごとく整然とこちらを向いているように見えるのが気に入らない。

「エリシュカ、ズーマを呼んでくれ」

 アレスの声はしかし、緊張を帯びたものではなかった。

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