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第73話「旅の途中 パート2」

 小休止が終わったあと、馬車は再び街道へと戻った。

 馬首は南西へと向いている。

 王都ランソールまでの道のりは多少の起伏はあるものの険路はなく、概ねなだらかであるらしい。

「オソはさあ、エリシュカとヤナだったら、どっちが好み?」

 コホッコホッと咳き込む声が隣から上がって、アレスはほくそ笑んだ。

 御者台である。

 アレスは馬を操るオソの隣に腰掛けている。

 オソは戸惑った顔をアレスに向けた。

「どっちも見た目は結構可愛いだろ? どっちがタイプ?」

 これがアレス流のコミュニケーションの取り方である。アレスには少しずつ徐々に仲を良くしていこうという我慢強さというか品の良さというか、そういうものは全く無い。ゼロである。よって、その意志疎通の図り方は気持ち良いほど大ざっぱであり、ざっくばらんであり、そうして何より、遊び心のあるものとなる。アレスは、この彼一流の方法によって多くの知人を得てきたのであった。

 近きを見れば、イードリであろう。宿の主人サカグチ氏、武器屋のおやじ、ヤナ・パパ。彼らとは短い間ではあったが、心通じるものを確かに感じることができた。ただし、全員が全員とも中年のおっさんであるというところに、アレスのマル秘コミュニケーション術の限界があるのだが、彼自身はそれに気が付いていない。

 オソはちらりと後ろを窺うようにした。オソの引く客車の中にはエリシュカがいる。客車の窓は開け放たれていて、御者台の声が聞こえることを怖れたのだろう。

「大丈夫だって。今、寝てるから」

 アレスは請け合った。

 アレスの言う通り、エリシュカは客車のクッションの効いた座席の上に悠々と横たわって、馬車のリズムに揺られながら快眠中であった。馬車が走り出したあと、すぐに横になって眠り始めたのである。よく寝る子である。そうして、まことに腹立たしいことではあるが、寝顔だけは無類の可憐さを見せることを、アレスも認めざるを得なかった。話し相手がいなくなったアレスが、手持ちぶさたを解消するために来たのがこの御者台というわけである。

 ちなみに、ズーマとヤナは、フェイの運転する馬車の方に乗っていた。王子がズーマを話し相手に指名して、それにヤナがくっついていったのである。これまでの三日間にズーマと話す機会があった王子は、その博識ぶりに驚き、まるで師に接するがごとく恭しい態度を見せていた。ヤナはヤナでその知識欲を満たすため、あれこれとズーマに質問していた。

「で、どっちがいい?」

 アレスが言葉を重ねる。

 オソは、ぼそぼそとした口調で、「どちらもお綺麗な方だと思います」と当たり障りのないことを答えた。

「でも、どっちかっていうとどっち?」

 アレスがしつこく訊く。ここで話が終わってしまうと、この御者台できまずくしているか、それとも客車の上のカフェスペースで一人さびしく空を見上げているか、どちらかになってしまう。こう考えると、エリシュカでも話し相手としていないよりはマシなんだなあ、とアレスは失礼なことを思った。

 重い沈黙が流れた。

 どうやらオソは本気で考え込んでいるらしい。前を向いた横顔に真剣な色がある。

 何だかこれはこれでいたたまれない。

 アレスとしては――

「やっぱヤナさんスかねえ。年上の美人、最高ッス」

「だよなあ。ホント、スタイルいいし」

「メシもうまいんスよね。それに、ぬいぐるみが無いと眠れないっていうのもカワイイッス」

「オソは、イードリにカノジョとかいたの?」

「いたんスけど、三カ月前に別れたんですよね。今はフリーなんスよ」

「いただけいいよなあ。オレなんて、今までカノジョいたことないし」

「え? ホントスか? 意外だなあ、アレス先輩、モテそうなのに」

「いや、全然。変な女は寄ってくるんだけどさあ」

「これから向かう王都にカワイイ子いますかね?」

「いるね。間違いない。こんな田舎とは全然レベルが違う美少女がわっさわっさいるって」

「楽しみスねー。でも、おれはヤナさん一筋スから」

「なんだよ、本気なのかよ」

「本気ス。だから、応援して下さいよ、アレス先輩」

「たく、仕方ねえなあ」

「あっざーす(註:「ありがとうございます」の俗語的表現)」

 こんな感じでわいわいとやりたかったから振った話だったのだが、振られた少年の方はまるで国の行く末でも考えているかのような重々しい表情である。アレスは、明らかに話題が不適当だったということを認めた。そうして、アレス流コミュニケーション術が効かないオソに対して一目置いた。こいつはなかなかできる!

 翼を広げた大きな鳥がゆるやかに弧を描いて、薄明るい空を飛んでいた。

 アレスはあくびをかみ殺した。

 エリシュカとヤナの魅力勝負につき随分と長い間吟味を続けるオソの肩を、アレスはいい加減でたたいてやると、潔く自分の負けを認めたあと、

「勝者にはオレとタメ口を利く権利が与えられる。名前も『さん付け』しなくていい」

 と言って、御者台の背もたれに寄りかかった。

 オソはほっとした顔を見せると、「分かりました」と言ったあとに、「アレス」と少し震える声で付け加えた。

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