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第71話「仲直りと遥かな理想」

「知りたいのか?」

 アレスは訊き返した。

 その声が自分で意図したものよりもずっと平然とした調子だったので、アレスは内心驚いた。まるでうごめく感情を抑えつけようとするために、ことさらに出したような声である。

 エリシュカはじいっと見てくる。心の底まで見通そうとでもしているかのような目である。アレスが思わず顔を横にして目を逸らしたところ、両頬になめらかな感触を感じた。エリシュカの手である。アレスはエリシュカによって無理矢理、目を合わせられた。

「話したくないのね」

 ほっぺたをぎゅうと挟んで、アレスの顔を変な顔にしてやりながら、エリシュカは言った。

 アレスは口を開いた。

「べつにそんにゃことはにゃい。ただ、にゃがいはにゃしににゃるから、めんどきゅさい」

 訳。別にそのようなことはござらん。ただ長い話になりますゆえ面倒くさいのでござる。

「はっきり、しゃべって!」

 そう言って、エリシュカはさらに力を込めた。アレスの顔はもとのものからかなりグレードダウンした。その状態で、アレスは無駄な努力を重ねてみたが、出てくる言葉はすべからく鼻にかかったものであり、まるで意中の男性にすり寄るカワイ子ぶった女の子の声のようになった。

「でゃから、にゃがいはにゃしに、にゃるからにぇ――」

 訳。ですから、長い話に、なり申しますゆえ――。

「ウルサイ」

 つぶされていたアレスのほっぺたは今度は一転つねられて引っ張られた。アレスはしばらくの間、したいようにさせておいた。これがきっと罰なのだ。そう思って耐えた。そうして、自分がいったいどんな罪を犯したのかと天に問うたアレスだったが、降ってくるのは答えではなく、明るい昼の光ばかりであった。

 からからからから。

 街路と車輪が立てる規則正しい音をどのくらい聞いていただろうか、いい加減ほっぺたがヒリヒリとしたきたところで、ようやく刑は終わった。エリシュカは手を放した。アレスは、ほっぺたの痛み具合から、これはきっと赤丸ほっぺになっているに違いないぞと思った。そうして、

「これで都の女の子にモテモテ!」

 考えなしに口走ったところ、エリシュカの細い手が青空に上がるのが見えた。

 一瞬後、ピシという小気味良い音がして、ほっぺの赤がいっそう濃くなった。

「話したくないなら訊かない。でも……」

 エリシュカはいったん言葉を切った。

 言葉を切って間を作るところが彼女の真剣さを表している。

 アレスは何を要求されるのかと戦々恐々としたが、

「話せるときになったら話して」

 続いたのは、思いがけない声だった。

 アレスが呆気に取られて答えられずにいると、エリシュカは顔を近づけて来た。ほとんど鼻先が触れあうくらいまで顔を寄せられて、アレスはどぎまぎした。アップになった少女の瞳には先ほどまでの怒りの余韻が漂っていて、しかしだからこそいっそう綺麗に見えた。

「分かったの?」

 アレスは慌ててうなずいた。

 エリシュカは顔を離すと、

「わたしが一番先に聞くからね。センカよりもヤナよりも早く」

 釘を刺すように言った。

 アレスは再びうなずいた。

 エリシュカはちょっと満足したように、その整った顔をほころばせた。アレスは不覚にも、その笑顔に見惚れてしまった。ハッと気がついたときには、エリシュカに変な顔をされていた。これはまずいと思ったアレスは、こほん、と咳払いすると、

「これで仲直りだな」

 わざと大きな声を出した。エリシュカは首をひねるようにしたが、どうにかごまかせたようである。そう信じたい。

「まだ仲直りじゃない」

「え? 何で? ああ、なるほど!」

 アレスは何かに気がついたかのような顔で両手を広げた。

「さあ、飛びこんでおいで」

 少女の小柄な体の代わりに、グーパンチが飛んできた。

 今日はほっぺたにとっての厄日である。

 アレスは頬をすりすりしながら、調子に乗ったことを謝った。

「何かプレゼントして。今すぐじゃなくていいから」

 アレスはうなずいた。そうして、今の状態なら何を要求されてもうなずいてしまいそうで、そんな自分が怖くなった。女の子の要求に諾々と従う自分は、かつて思い描いていた理想の男性像とは遥かに隔たっている。こんなことでいいのか。いや、いいわけがない。ガンバレ、オレ!

「……ん?」

 目の前にほっそりとした背が現れて、ついでアレスは膝の上に重みを感じた。

「あの、エリシュカさん。これは?」

「別に。なんとなく」

 エリシュカはアレスの上にちょこなんと腰かけて、背筋をぴしっと伸ばしている。

 アレスは顔にリボンの柔らかさを感じた。

 そうして、膝の上にのった少女のちっちゃなおしりの感触を感じながら、アレスは思った。

「尻に敷かれている状態もいいかもしれない!」

 少年の理想は雲上の彼方にある。

 馬車はイードリの門をくぐり抜けた。

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