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第70話「女の子をなだめよう」

 ズーマが懇切丁寧に、センカとアレスの嬉し恥ずかしい恋の顛末を話してやると、エリシュカの機嫌はすこぶるつきに悪くなった。

「この浮気者! 人間のクズ!」

 その金切り声は馬車をひっくり返しそうな勢いである。ヤナは耳を塞いだ。

「謝って! 今すぐわたしに謝って!」

「謝ったら許してくれるのか?」

「許さない。わたしの族では、結婚の誓いを踏みにじった人は永久に呪われればいい。死ねばいい!」

「おい、途中からなんか文がおかしいぞ。ただのキミの願望になってる」

「はやく土下座して!」

 そんなことをするのはお断りであった。仮に土下座して彼女の怒りが静まり、この場を切り抜けられたとしよう。しかし、いったん謝ってしまえば、「一度も二度も同じだい」ということで今後、むやみやたらと謝らなければならなくなる。女の子の機嫌を取るために頭を下げる。それはいわゆる尻に敷かれているという状態であり、アレスの夢見る亭主関白とは対極に位置するものである。

 アレスは脅しには屈しないことを重々しく宣言した。

「勇者だからな」

 エリシュカの目はかっと憎悪の炎を宿した。その明かりに照らされたのか、彼女の白い頬がぽっと紅潮する。本人は怒りマックスモードなのだろうが、大きなリボンを芸術的に小さな頭に巻き、襟ぐりと袖と裾にフリフリがついたチュニックを身につけたその状態では、何をしても愛らしくなるばかりである。思わず頭を撫でたくなったアレスだったが、さきほど同じことをして蹴られたことを思い出して、

「まあ、落ちつけ、エリシュカ。どうどう」

 代わりにそう言って、火に油を注いだ。

「ズーマ、なんか先の尖ったものちょうだい。勇者が不死身かどうか試してみる」

「残念だが、わたしは魔導士だ。そうして真の魔導士は刃物を持たない」

「ヤナ?」

「あたしは普通の女の子だぞ。そんなものは持ってない」

「アレス?」

「おい! 何で自分を刺させるための武器を渡してやんなきゃいけないんだよ」

 車内は広いが、とはいえさすがに暴れ回れるほどのスペースはない。武器がなければ浮気っぽい旦那候補をとっちめることはできない。ふん、とそっぽを向いたエリシュカはしばらく開いた窓から外を見ていたが、そのあと何を思ったのか窓から、上を見上げる格好で体を半分外に出した。車内には足だけ残っている状態である。その足も窓の桟にかかったかと思うと、するすると外に消えた。

 馬車はゆっくりと街路を走る。まだイードリの町の中である。

「謝ってこいよ、男らしく」

 ヤナが言った。

 アレスは口をとがらせるようにした。そんな男らしさは要らないと思った。

「これから一緒に旅するヤツがスタートから機嫌悪いのはなあ」

 しみじみ言うヤナに、

「全くだな。雰囲気が悪くなって旅がつまらないものになる」

 ズーマが同調する。

「一応リーダーなんだから、そういうことも考えなきゃだろ」

「考える頭が無いからな。われわれで忠告してやるしかない」

「問題は、忠告を聞く耳があるかどうかだけど」

「耳くらいあるだろう。頭もなくて耳もなければ、それは化け物だ。化け物をリーダーに(いただ)いているつもりはない」

「でも、こいつ、あんまり人の話聞かないからなあ。昨日の研究所のときもさあ――」

 ヤナとズーマは、アレスのやんちゃぶりを(さかな)にして盛り上がり始めた。ちゃんとついている耳にざらざらと(さわ)る会話である。アレスは、仕方なくシートから立ち上がると、二人に対して、「そのまま意気投合していっそ付き合ってしまえ」と捨てゼリフを吐き、馬車の後部のドアを開けた。ドアの外にはステップがついていて地面に下りやすくなっているが、無論、馬車から下りるわけではない。その脇に、上にいける階段が螺旋状についている。アレスは階段を上った。

 馬車の屋根の部分は平たくなっており、ぐるりは柵で囲まれている。そこに、テーブルと椅子が取り付けられてあって、お茶ができるようなスペースになっていた。

 椅子の一つに腰掛けてエリシュカは街中を見ていた。

 アレスも椅子に腰を下ろすと、大きく伸びをした。暑さは、風もあるからか昨日より大分柔らかで、ぽかぽかした陽気である。アレスたちの馬車の前をもう一台の馬車が走っている。

 一応謝ろうと思って来たものの、一体何を謝るべきか分からない。大体にしてこの件は、全てズーマの所為なのではないか、という気がする。しかし、それを言っても詮無いこと。現にエリシュカの怒りが向いているのはアレスにであって、ズーマにではない。こちらを見ようとしないエリシュカの雪のように白い髪を見ながら、アレスは途方にくれた。これまでの人生で、女の子をなだめるなどという色気のある役はついぞめぐってこなかった。初めての大役である。アレスは尻込みした。

「あの、エリシュカさん――」

「さっきの話、本当?」

 アレスが決死の覚悟で切り出した言葉は簡単に遮られた。

 エリシュカはアレスの方を見ないで続けた。

「アレスがヴァレンスのスパイだっていうこと」

 思いがけない方向から話が飛んできて、アレスは戸惑ったが、エリシュカの声が真面目なものであったので、心もち居ずまいを正した。

「いや、あれはズーマの冗談だよ。本当に諜報活動をしたいなら、アレスなんていう目立つ名前にするわけないだろ。アラスとかアロスとかにするよ」

「…………」

「……あの、『あんまり変わんないじゃん!』っていう突っ込みを期待してたんだけど」

 エリシュカはすっくと立ち上がると、アレスの前まで来た。

 サファイアのような清浄な瞳にじっと見られ、アレスは居心地が悪くなった。

「じゃあ、あなたは一体誰なの?」 

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