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第6話「夕暮れの激突 パート2」

「全く何という悪党だ。わたしは情けないぞ、アレス。女性を倒して金を奪うなど、鬼畜の所業ではないか。言語道断だ」

「女、女って言うなよ、ズーマ。オレは女に大した同情なんかしないね。お前、オレたちが今こうして旅してる原因を作ったヤツが、女だってこと覚えてないのか」

「無論、覚えている。あんな美少女を忘れるわけがあるまい」

「アレが美少女? ……あ、そうか! お前、ブス専門だったよな。そのお前から見れば、アレが可愛く見えるわけだ、ナットク」

「勝手に人にツマラン性癖を加えるな。百人いたら百人が可愛いと答える子だろう、彼女は」

「『答える』んじゃなくて、『答えさせられる』だったら当たりだな」

「惚れてるくせに。隠すなよ。今時、流行らんぞ、男の純情なんぞ。気色悪いだけだ」

「惚れてる、オレがあいつに?」

「まあ、ベタ惚れだな」

「その言葉、これまでお前が言った冗談の中では一番面白いよ」

――いったい、どういう子たちなの?

 生い先ワイルドになりそうな顔立ちではあるが、まだまだ可愛らしさが勝る黒髪の少年と、吟遊詩人のような銀髪のやさ男のコンビ。酒場にでもいけばもてはやされそうな二人ではあるが、戦場で働けそうな二人では全然無い。にもかかわらず、盗賊団のメンバーを十名簡単に倒し、今また苦戦を強いてくれている。活躍しているのは少年の方だが、青年の方もこれまでの落ち着きぶりからすると、少年と同レベルの力を持っていておかしくない。

 女は息を吐きだした。タフな戦いになりそうだと感じたのである。そんなことを感じられるあたり、彼女にはまだ余裕があると言える。

「さて、わたしの提案を聞いてもらえるかな、レディ」

 口論をやめて話しかけてきたズーマの声を聞いて、女は肩をすくめた。

「どうやら、君は賞金首でもないようだから、このまま立ち去ってもらうわけにはいかないかな。君の言うようにまだわたしの連れはボウヤだからな。女性に対する接し方というものを知らないのだ。だから、うまく加減ができていないようだ」

「誰がボウヤだ。それに、ちゃんと手加減はしてる」 

 女は目を見開いた。

「え? 手加減? さっきので手加減してたの? 全力じゃないの?」

 アレスがうなずくと、女は手を開いて大仰に驚いてみせた。

「帰りたくなってきたわ。でも、悪いけど、あたしも子どものお使いに来てるわけじゃないのよね……仕方ない、あたしも本気でやろうかな」

 声音に乱れがない。

 アレスは油断なく女を見据えた。彼女は無造作に間合いをつめると、持っていたナイフに軽く口づけた。瞳に妖艶な光が宿る。

「本当にやめる気はないのね?」

「オレはな」

「そう。じゃあ、殺すしかないわね」

「今さら、何だよ。さっきまでだってその気だったくせに」

「あ、バレてた?」

 ナイフを握っている女の右手が消えた。

 そう見えるほどの速さである。

 肩口に襲いかかってきたナイフをアレスの剣が受け止める。アレスがナイフを弾こうとするよりも女の動きの方が速い。アレスの後ろに回りこむと蹴りを放つ。蹴りは手ごたえを得なかったが、その蹴り足を地につけると体を回して、もう一つの足で後ろ回し蹴り。女の体がコマのように夕闇を舞った。

 二撃目の蹴りもかわしたアレスは光の刃を振り下ろしたが、既に女の体は刃の軌道上には無い。アレスは右足をぐっと緊張させて前方に跳んだ。その判断が一瞬でも遅れていたら、横から腹を割かれていただろう。アレスは着地すると、すばやく体勢を立て直して、ナイフと蹴りを迎え撃った。

 「本気になる」と女が言ったのは、どうやらはったりではなかったらしい。先ほどまでに比べれば、格段にスピードが上がり、体のキレも違う。おそらくそれは攻撃に蹴りを織り交ぜているからだろう。それが彼女の本来の戦闘スタイルなのだ。またナイフ自体も直線的な動きではなくなり、中空に優美な曲線を描く。相当に戦い慣れた感があった。戦闘のプロである。しかし――

 アレスは全くひるまなかった。連続して振られたナイフはアレスの体にかすり傷一つつけない、空を裂くような蹴りはことごとく空を切った。

 アレスの一刀。女はかわしつつ、同時に右足をアレスの顔面に向け蹴りあげた。

 後方に跳躍してかわすアレス。

 アレスが剣を構え直すと、女も乱れた呼吸を整えつつ、

「知ってたの?」

 楽しそうな笑みを浮かべた。

 女の靴の底から鋭利な刃が飛び出ている。ついさっきの蹴りの最中に出たものだった。

「まあ、何となくな」

「こっちの蹴りの間合いに慣れさせてからのサプライズだったんだけどねえ。経験あるの?」

「前に悪い女にひっかかったんだ」

「可哀想。でも、これイイ女も使うわよ。酒場で言い寄ってくるブ男とかに」

 アレスは女のセリフを聞き流すと、ズーマに顔を向けた。

「で、もういいよな?」

「そうだな。このくらいでいいだろう」

「よし」

 少年がゆっくりと間を詰めてくる。雰囲気がこれまでの軽やかなものから重厚なものに変わったようだった。女は嫌な予感がした。しかし、思い当たることは一つしかない。

「あのさーあ、もしかして、今あたしがめっちゃ本気でやってるときも、手加減してくれちゃったりして……?」

 アレスは足を止めると、肩をすくめてみせた。

 女は自分で自分の顔が青ざめるのが分かる気がした。

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