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間の話4「夢の中のアレス」

 夢を見た。

 昔の夢だ。

 夢の中でアレスは十二歳の少年であり、春のうららかな光の下、バンブス刀を振るっていた。剣の稽古をしているのだ。アレスがいるのは家の中庭であり、さしたる広さがないことから、それほど裕福な家ではないことが分かる。

 バンブス刀を一人さびしくフンフン素振りしていると、そのうち、アレスよりひとつふたつ年上の少年が現れる。涼しげな目をした年に似合わぬ大人びた雰囲気のある少年である。アレスは、自分では獰猛だと思っているが傍から見ればただの悪戯っ子にしか見えないような笑みを浮かべると、少年に勝負を申し込む。少年は微笑して、手にしていたバンブス刀を構える。

 少年の構えは、構えとも言えない無造作なもので、一見やる気がないように思われるほどリラックスしているが、その実、全く打ちこむ隙の無い立ち姿である。しかし、アレスはひるまない。隙があろうがなかろうが、打ちこまなければ勝てないのである。道は前にしか無い。アレスは一歩前に踏み込んだ。

 ぶうん、という唸り声を上げて、バンブス刀が縦に大きく弧を描く。

 神速の一撃と言ってよい。

 並みの剣士であれば、なすすべなくその一刀を額に受けて、あえなく目を回していたことだろう。

 しかし、相手は並では無い。アレスのバンブス刀は少年の額の前でピタリと止められる。

 二本のバンブス刀が綺麗な十字を描いている。

 少年は、受け止めたアレスの刀をなめらかな動作で受け流すと、距離を取ったアレスに向かってぴたりと刀の先を向ける。

 アレスの視界から少年の姿が消える。消えたと見えるほどの動きである。側面から気配を感じたアレスは、肩口への一撃を受け止める。まるで大木の幹でも切ろうとするかのような力強い一撃に、体が浮きそうな感覚を覚え、大地を踏みしめる。既に側面に相手の姿は無い。アレスは体をひねりながら、背後に刀を振るう。手ごたえがあったが、それは人の体を打ったときの感覚ではない。

 アレスの刀を自分の刀で受け止めた少年がにこりと笑みを作る。

 女の子だったら思わずぽっと頬を染めてしまうような爽やかな笑みだが、残念ながらアレスは女の子ではない。

「なに笑ってんだ……よ!」

 腕に力を込めて、無理矢理相手の刀を押し切ってやろうと思ったアレスだったが、少年は力に逆らわず自ら飛んで距離を取った。

「力が入り過ぎてるよ。剣は力で振るんじゃない。心で振るんだ」

 姿勢を直しアレスに正対した少年が言う。

「るせえよ。気取ってろ」

 吐き捨てるように答えたアレスが、足に力を込めると、一息に間合いを詰めて、力いっぱいバンブス刀を振るう。刀は見事、少年の……残像だけを斬る。心中で舌打ちしたアレスは、感じた気配に向かって次撃を放ったが、それもむなしく空をとらえたのみだった。

 とん。

 肩口にカルい衝撃を感じて、アレスは地に膝をついた。

 バンブス刀が力なく手から放れ、地面に乾いた音を響かせる。

「クソッ! また負けた!」

 敗北。それはいつものことではあったのだが、何度経験しても慣れるものではない。さらに頭にくるのが、

「でも、斬撃が随分と鋭く重くなってきたよ。オレはもうすぐ追い越されるな」

 勝者からの慰めの言葉である。アレスは立ち上がると、険悪であると自分では思っているが傍から見ればすねているとしか見えない仏頂面を、少年に向けた。

「慰めるくらいならバカにしろよ。それにな、その言葉、一年前も、半年前も、ていうか昨日も言ってたぞ」

「そうだったっけ?」

「そうだ!」

「まあまあ。そう勝ち負けにこだわらなくたっていいだろう」

「そういうわけにはいかないんだよ。お前に勝つことがオレの生きる目標だからな」

「そんな小さなこと目標にしてどうする。もっと大きな目標を持てよ」

 少年はそこで意味ありげに間を作った。

 青空からピヨオオと鳥の鳴き声が降ってくる。

「何だよ、大きな目標って?」

 アレスはおざなりな声を出した。

「今度創設される竜勇士団に――」

「入らない」

 少年の言葉を遮る格好でアレスは断固とした調子で言った。

「気は変わらないのか?」

 子どものわがままに手を焼く父親のような風情で少年が言う。

「変わらないね。大体、何だよそのネーミング。だせえ」

「ださくない。いいか、よく聞くんだ。その部隊はだな――」

「各地から身分の上下を問わず実力だけで選抜され、編成される王直属の新しい部隊だろ。他国に比べて貴族がまだまだ幅を利かせてるこの国じゃあ珍しい試みだ。王の改革意識が窺える」

 アレスはすらすらと少年の言葉の後を奪った。

 少年は満足そうな顔をした。

「お前が望めば、師はオレだけじゃなくてお前のことも推薦すると言ってくださってる」

「オレは望まない。そんなとこ入ってどうするつもりだよ」

「決まってるだろ。この国を守る」

「悪いけどオレは、『国』なんていう実体の無いもののために働くなんてごめんだね」

 少年がちょっと傷ついたような顔をした。

 その顔にアレスは弱い。

 しかし、譲歩はできない。王直属の部隊など、「お前が入るならオレも入ろっかなあ」などという安易なノリで入っていいところではないのである。

「でも、王都まではついて来てくれるだろ?」

 少年が言う。

 アレスは妥協した。王都見物くらいならいいかもしれない。

「都の可愛い女の子と話してみたいしな」

 そう言ったアレスが視線を向けたところに、少年の笑顔があって、それはいかにも春の日に似つかわしい優しげなものであった。

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