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第60話「闇の中の会話」

 ルジェとフェイを後ろにして食堂のテーブルに戻ったアレスは、ズーマのニヤニヤ笑いに迎えられた。整った顔を崩す術にかけてはこいつの右に出るヤツはいないだろうと、アレスは感心した。そうして、そんな特技はいらないとも思った。

 エリシュカと目を合わせると、彼女はプイと横を向いた。なんだか分からないがまだ機嫌が悪いらしい。メシ食ったのにしつこいやつだなあ、と思うアレスは、何らか嫌なことがあっても食べて寝れば大抵のことはどうでもよくなるはずだ、という信念の持ち主である。「もう寝ろ、エリシュカ」と声をかけると、エリシュカは言われるまでもなく眠そうな様子で大きくあくびをした。

「昼間十分寝たのにやたら眠そうだけど、お前の呪文の影響か、ズーマ?」

「バカにするな。わたしの呪文に副作用は無い」

 ヤナは、大皿に山盛りになった食事と格闘していた。その豪放なイメージからパクパクといきそうな彼女だったが、小皿に取り分けたりして少しずつ口に運び、お上品に召し上がっている。

「どっかにいい男でもいるのか、(ねえ)さん?」

 アレスはからかうように言ったが、ヤナは何を言われているのか分からない様子だった。どうやら単なるしつけの問題のようである。

「オレは先に休ませてもらう。今日は疲れたからな。明日、オレたちは王都に向かう。この二人が新しい仲間だ。ルジェ王子とその付き人……えーと、あんた名前なんだっけ?」

 アレスが言うと、フェイは苦虫をかみつぶしたような顔をして、名を告げたのち、

「以後、よろしくお見知りおきを。勇者殿」

 かしこまった振りで言った。

「オレのことはアレスでいい。それから、こっちの銀髪がズーマ。オレの兄だ……なんだよ、ズーマ、その顔は。父親にされなかっただけありがたく思え。関係を説明するのが面倒だから、いいだろ、兄で。弟に面倒ばっかかけるしょうもない兄。それがお前の役回りだ。演技をする必要はない。素でいてくれれば自然にそう見えるからな」

 アレスの顔がズーマからエリシュカへと向く。

「えーと、そっちの白い髪の子がエリシュカ。そのまま本名で呼ぶとフィアンセにされるから気をつけてくれ。愛称はユキちゃんだ。現在病気療養中だけど、普通に動けるから、病人扱いはしなくていい。ここからずっと北にある森に雪の精霊の住む集落があって、彼女はそこの出だ」

 最後にアレスはヤナを紹介した。

「で、この美人がヤナ。素性を聞きたかったら金を払ってくれ。ぬいぐるみを愛して、体重を気にする乙女だ。現在、恋人募集中。ヤナは見ての通りか弱い女の子だから守ってやってくれ」

 アレスは適当極まりない紹介を済ませたのち、三者三様の険悪な視線をひょいっとかわすと、もうそれで義務は果たしたと言わんばかりにその場から離れた。

 三階分の階段を上り部屋に入る。灯火の無い薄闇の中、背中の剣と腰の短剣を取り外してテーブルへと置いた。それから、二つあるベッドの一つにもぐりこんだ。明日からはまた旅の空の下。ゆっくりと眠れるのも今日でしばらくお預けである。

 ごろりと仰向けになって天井を仰ぐと、センカの顔が闇に浮かんだ。怒りを通り越して何かを諦めたような、そんな表情をしている。さきほどの別れ際の顔だった。そういう顔をするということは、アレスに向ける彼女の気持ちの全てが本気だったわけではないにせよ、全てが冗談だったわけでもなかったわけで、しかし、その割合がどうであれ、センカの気持ちを受け入れるわけにはいけない理由がアレスにはある。

「センカ嬢のことを考えているんだろ、色男」

 闇の中から聞きなれた声がした。

 アレスは舌打ちした。無視しようかとも思ったが、応答した方がはやく話が終わるだろうと思いなおし、「だったら何だよ」と素っ気なく答えた。

「お前があそこまでアホだとはな、アレス。なぜつまらんことをした?」

「オレなんかとセンカはつりあわないって思っただけだ。いい子だからな」

「だったら、なおさらだろう。お前の灰色の人生を一気に華やかな色に染めてくれるような子だ」

「オレの人生が明るくなる代わりにセンカが灰をかぶるのか?」

「かぶりはしないだろう。彼女なら、灰など軽やかに払いのけられる」

「他人事だと思って、勝手なことを言うなよ」

「わたしは常に自分の言いたいことを言う。誰の許可を受ける気もない。この甲斐性無しめ」

「何だと?」

「女の子ひとりの気持ちくらい受け取ってやれということだ」

「受け取る方は気楽なもんだ。でも、受け取られた方は苦しむことになる」

「いつ死ぬか分からない人間を待つことになるからか? お前がそれほど臆病だとはな」

「お前はただ面白がってるだけだろ」

「なにか悪いか? 楽しみを得るのがわたしの今のところの存在意義だ、勇者よ」

「オレは勇者なんかじゃない」

「わたしとともにいるということはそういうことだ。ヴァレンスのアレス」

「ずっと前から思ってたんだけど、お前ってホントに性格悪いよな」

「いたいけな少女の告白を断るような輩には劣るだろう」

 ドアにノックの音がした。

 アレスがベッドの上に体を起して応答すると、きい、と静かに戸が開いた。

 戸の隙間に、廊下の灯りを受けた小柄なシルエットが浮かび上がった。

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