第58話「センカの告白」
センカは、納得の行かないような顔をしてもう一度アレスを睨むようにしたあと、ルジェに向かって、
「もし何かされることがあったらすぐに言ってくださいね。腕をへし折ってやりますから」
にっこりと言った。ルジェは冗談だと思ったのかあいまいに笑ったが、アレスにとっては笑いごとでは無い。現にそういう力が彼女にはあるのである。触らぬ神に崇りなし。しかし、そこをあえて触ってしまうのが勇者の勇者たるゆえんなのではないかと、アレスは主張する。おそらく賛成してくれる者は皆無であろうことは承知の上である。
「まったく。女の子って、ちょっと……いや、まあ、かなりだけどさ、イイ男がいるとすぐコレだもんな。オレに誓った永遠の愛はどうなったんだよ、センカ?」
アレスは少女のたおやかな背に声を投げた。
振り向くセンカ。
――ん……?
彼女の瞳にいらだたしげな色がゼロであるのを見て取ったアレスは違和感を覚えた。やけに平然とした目である。アレスの冗談に怒ったりはしてないようだ。
「永遠かどうかは分からないけど」
センカは静かに前置きしてから、一言。
「好きだよ、アレスのこと」
ピンという空気が張り詰める音が聞こえたような気がした。
呼吸をするのさえはばかられるような緊張した空気である。
一体これはどう切り返したら良いものか、アレスは対応に迷った。
センカのふっくらとした瞳には真剣な光が満ち満ちている。
アレスはそろそろと口を開いた。
「えーと、それは客として?」
センカは首を横に振った。
「友達として?」
二回目の首振り。
「もしかして……その、異性として?」
こくり、とセンカはうなずくと、そのまま顔を下に向けて頬を染めると、もじもじし始めた。
――えええーっ!
アレスは声にならない声を心の中で上げた。センカに好かれているとは。もちろん、嫌われていないことは分かっていたが、それにしても異性として見られているとは思ってもいなかった。アレスはセンカの細い肩をがしっと掴んだ。センカの顔が上がる。
アレスは彼女の肩をがくがくと揺らした。
「何言ってんだよ、センカ! よく考えろ。こんな正業も持たない旅の子どもなんか好きになってどうする? しかも、あれだよ、まだ知り合って一週間だよ! 父さん、許しませんよ、そんなこと」
「仕事はこれから見つければいいと思う。わたしも協力するから。それに好きになるのに時間は関係ないでしょう」
「そうやって安直に付き合うからすぐに別れることになるんだよ、センカ。もっとちゃんと考えなきゃだめだろ」
「とってもいい人よ。見ず知らずの女の子を助けるためにがんばったりして。わたしも助けられたの」
「そんなのただのなりゆきだよ、なりゆき。それか、助けたら仲良くなれるかもなんていう下心ですよ」
「プレゼントをくれました」
「しっかりしろ! あんな髪飾り一つで自分を安売りするな、センカ」
「フィーリングが合うんだ。うまくやってけそう」
「フィーリングってなんだよ。女の子お得意の『女の勘』ってヤツか? 現実をよく見るんだ、センカ。客観的に、論理的に。人間には考える力がある。それでもってよく考えてだなあ――」
アレスは言葉を飲み込むようにした。
センカの綺麗な目がすっと細まっている。
「わたしのこと嫌いなのね」
事実を告げるかのような静かな声に怨みの色が混ぜられているのをアレスの耳はとらえた。
アレスは少女の肩に置いた手の一つに別の手が重ねられるのを感じた。その手は柔らかく心地よい肌触りを持っている。アレスの体を戦慄が走った。センカに手を取られる恐怖を分かっているのは、この場で自分だけだろうとアレスは思った。
「き、嫌いだなんて。いや、決して、そんなことは」
「じゃあ、好き?」
アレスは自分の手が強く握られるのを感じた。美少女に手を握られるドキドキとは別種の動悸をアレスは胸に感じ始めた。アレスはヤワラマスターに震える声を出した。
「センカ。オレたちまだ知り合ったばかりだ」
「だから?」
「いや、だから、お互いをもっと知ってからの方がいいんじゃないかなって」
「いいわ、じゃあ、何でも質問して」
「え? 今?」
「そう。何でも答えるから」
にこやかな笑顔。
「ただし一個ね。仕事中だから」
仕事中に愛の告白をすることは許されるのかと思ったアレスだったが、そんなことを口にしても詮無いことである。センカは自分のルールで動いている。そのルールにケチをつける力はアレスには無い。アレスは頭をフル回転させた。チャンスは一度きりである。その一回でここから首尾よく逃げ出さなければならない。その様子をはたから見ていたフェイは、今ならアレスを斬れるかもと思った。そのくらい、いっぱいいっぱいの様子に見えたのである。
やがてアレスは心を決めた。
これしかない、と思った。
「センカ」
「はい?」
「今日の下着の色って何色?」
センカから答えはなく、その場はまるで死そのもののような静寂に支配された。