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第5話「夕暮れの激突」

 全くの赤の他人ではあったが、どうにも白髪の少女を金髪の女に渡す気にはなれなかった。白髪の少女が善人とは限らないが、盗賊団とつるむような女より悪いということはあるまい。それに何より、年増はアレスの好みではなかった。

 少女を渡す素振りを見せないアレスに対して、女は悲しげな様子で首を振った。

「ボウヤたちにはまだ大人の魅力が分からないってことね」

 そのあと、赤い唇に艶っぽい笑みを乗せ、

「じゃあ、仕方ないわ。魅力がダメなら、実力で付き合ってもらうしか――」

 言いかけたところで、「待て!」という制止の声がかかる。

 女がいぶかしげに向けた視線の先に、銀髪の青年がいる。

「ボウヤたち(・・)と言ったな。そこの子どもはともかくとしても、わたしをボウヤ呼ばわりするのはやめてもらおう。たとえ君が三十だとしても、わたしの方が年を取っているんだからな」

「へえ、若く見えるのね……って、言うに事欠いて三十ですって!」

 いきまいた女に、ズーマはなだめるような口調で言った。

「いや、今のは例えだ。わたしの見たところ、二十六といったところか?」

「……二十五よ」

「何だその微妙な間は? サバを読んだな。レディがはしたない真似はよしなさい」

「ジェントルマンが女性の年齢をピンポイント攻撃するのはどうなの?」

「むろん、ルール違反だ。しかし、わたしは紳士などではない。それと――」

 ズーマの言葉が終わらぬうちに、女の全身が総毛だった。ぞっとするような圧迫感を前方に感じ、ほぼ反射的に体を動かす。横にステップしざまに、腰の鞘から大きめのナイフを引き抜くと、直感で振り抜く。しかし、「く」の字に湾曲したその厚めのナイフはむなしく空を斬ったのみだった。

「ちょっと! いきなりっていうのは、エチケット違反なんじゃないの?」

 批難の言葉をぶつけられたのはアレスである。アレスは今しがた女に向かって不意打ち気味に振るった剣を構え直すと、何も答えずにじりじりと間合いを詰め始めた。

「お互い向上を述べ尽くしてからが礼儀でしょ。話してるときに斬りかかるなんて最低! いきなり襲いかかっていいときもあるけど、それはもっと色気のあるシチュエーションよ」

「わたし同様、アレスも紳士ではない。ただのクソガキだから気をつけなさい」

 ズーマがさっきのセリフの続きを言った。

 アレスは反論しなかった。思いやり深い紳士になって死ぬくらいなら――というのも戦場での思いやりとは相手に殺されてやることだからだ――クソガキと罵られても生きていた方が良い。アレスは、若年ながらあまたの戦場を踏んできた男である。戦場での作法、すなわち生き残るために何をすればいいのか、ということはしっかりと身についていた。それを卑怯と呼ぶのなら、いくらでも呼ぶがいい!

 アレスの足が地を蹴る。

 女は心中で舌打ちした。アレスの動きが速すぎるのだ。かわしきれず、「く」の字ナイフはアレスの光の刃を受け止めた。重い衝撃が腕を伝った。

「か弱い女性に――」

 空いている左手で右わきに吊られていた短剣の一本を抜き、

「――何すんのよ!」

 呼吸が聞こえそうなほど近くにいる少年の胸に投げ込む。

 必殺のタイミングであるにも関わらず、短剣は夕闇に吸い込まれて消えた。かわされたのである。しかし、無駄にはならなかったようだ。短剣をかわしたアレスとの間に少し距離ができた。女はその距離を自分から潰すと、アレスの首筋めがけてナイフを滑らせた。彼女のイメージの中では鮮血とともに倒れる少年の姿があるのだが、イメージは現実にならない。見事にかわされる。直後、光の刃が、下から斜めに斬りあがってきた。可愛げのない子どもである。どうやら容赦する気は全く無いらしい。もう少しで鼻先を削り取られるところだったが、女は地を蹴ってどうにかそれをかわした。

 アレスは動きを止めると剣を構え直した。

 女は呼吸を整えると、少し離れたところで高みの見物を決め込んでいる青年に向かって言った。

「ねえ、銀髪のボウ……じゃなくて、お兄さん。ちょっと提案があるんだけど」

「奇遇だな、わたしにも提案がある」

「先に言っても?」

「レディ・ファーストだ」

「ありがとう。じゃあ、二百万ガルトでどう?」

「何の話だ?」

「その子の引き渡し料よ。あなたたちにはその子を助ける義務も義理もないわけでしょ」

「無論。あろうはずもない」

「でしょ。じゃあ、お金で解決しましょ。二百万ガルト。それで、その子をちょうだい」

 ズーマは迷う素振りを見せると、相棒の少年を見た。

「どうする、アレス?」

「賞金首でもないのに、金と人を交換する趣味はオレにはない。それに、もう金はこいつらで十分足りるしな。もっと言えばだ!」

 そこで、彼はそのまだまだあどけない顔にふさわしからざるよこしまな笑みを浮かべて、

「この女を倒したあと、慰謝料として奪えばいい」

 悪人然としたことを堂々と得意げに言い放った。

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